【内田雅也の追球】「ゴロ投手」という「じぶん」――復活への光見えた阪神・藤浪

[ 2020年2月10日 06:30 ]

初回、横尾(左)を遊ゴロにしとめる藤浪
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 ドイツの格言に「われわれはわれわれ自身を理解しない。各人は各自に最も遠い者である」とある。元はニーチェの言葉らしい。確かに、人は自分で自分を見ることができない。鏡や写真で確認するぐらいだ。

 だから誰もが<わたしってだれ? じぶんってなに?>という問いを抱くことになる。この問いは<爆弾>だと哲学者・鷲田清一が書いている。

 その名も『じぶん・この不思議な存在』(講談社現代新書)にある。<この問いに囚(とら)われると、いままでせっかく積み上げ、塗り固めてきたことがみな、がらがら崩れだしそうな気がする>。

 阪神・藤浪晋太郎は長く、この爆弾を抱えていたのではないだろうか。

 昨年はプロ7年目で初めて0勝に終わった。過去3年は主にファームだった。大阪桐蔭高で春夏連覇し、1年目から3年連続2桁勝利をあげた剛腕が苦しい日々を過ごしていたわけだ。

 そんな時こそ「わたしはだれ?」に襲われる。<胃の存在はふだんは意識しない。その存在は故障してはじめて意識する。同じように「わたしはだれ?」という問いは、たぶん“わたし”の存在が衰弱しているときにはじめてきわ立ってくる>。自分を見失うわけだ。

 自分探しの暗いトンネルの中、光が見えた投球ではなかったか。9日の練習試合・日本ハム戦(宜野座)。先発して2回を無安打無失点。2四球は与えたが、制球に困っている印象はなかった。
 何より際だっていたのが6アウトのうち、見逃し三振を除き、5アウト(併殺1)をゴロで奪ったことである。

 「彼は本来、ゴロ投手なんですよ」と言った阪神球団本部長・谷本修の言葉を思い出す。7日に聞いた。ゴロアウトの数をフライアウトの数で割り、1以上、つまりゴロアウトの確率が上回る投手を一般に「ゴロ投手」と呼ぶ。弾道測定器トラックマンのデータを見ても「ゴロを打たせて取る特徴が出ています」。回転数は少なく、回転軸も傾いていた。藤川球児のような、いわゆるホップする球筋ではない。

 藤浪は5日、藤川に助言を頼んでいた。藤川はキャッチボールの相手を務め、ブルペンでの投球を見守って、アドバイスしていた。ただ、谷本は「恐らく、藤浪も藤川も球質の違いを分かったうえで会話していたと思います」と話していた。

 この日の試合前、日本ハムのゼネラルマネジャー(GM)補佐・遠藤良平にトラックマンの活用法を聞いた。

 「これまで見えなかったものが見えるようになるということです。“自分はこのタイプの球筋だったのか”と認識できることに意味があると思います。たとえば、フライ投手なら、もっと高めに投げるようにするとか……」

 なるほど、見えなかった自分の姿が見えるようになるわけだ。藤浪なら「ゴロ投手」として「低めに集めろ」というテーマがはっきりする。それができれば打ち取れる。

 一つの理想として思い出すのは2016年6月2日、仙台で楽天を1安打完封した投球である。5回以降15連続、計22個のアウトをゴロで奪った。わずか100球で投げきっている。

 この日の32球は「じぶんはゴロ投手」と再発見できた投球ではなかっただろうか。トラックマンはそんなデータも記録している。再確認に利用すればいいだろう。       =敬称略=
     (編集委員)

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2020年2月10日のニュース