オリックスの決意「がんばろうKOBE」95年の復刻ユニで8試合 田口コーチ「勝たないと」

[ 2020年1月18日 05:30 ]

震災から25年、震災への思いを語る田口総合コーチ(撮影・井垣 忠夫)
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 オリックスは、阪神・淡路大震災発生から25年を迎えた17日、「THANKS KOBE~がんばろうKOBE 25th~」と題し神戸市のほっともっとフィールド神戸で行われる全8試合で「がんばろうKOBE」を合言葉にリーグ優勝を果たした1995年の復刻ユニホームを着用すると発表した。当時の主力選手でもある田口壮野手総合兼打撃コーチ(50)は同日、大阪・舞洲の球団施設で黙とうして犠牲者を追悼し、96年以来のリーグVを誓った。

 大阪・舞洲にある球場の三塁側付近から、田口コーチは兵庫・神戸の方角に向かって黙とうした。17年4月に選手寮を含む球団施設を神戸から移転して3度目の「1・17」。大震災発生から25年を迎え、球団は神戸市とも話し合い、神戸で開催される全8試合で95年当時の「ブルーウェーブ」の復刻ユニホームを着用することを決定。「がんばろうKOBE」のワッペンも再び付けることとなり、田口コーチも決意を新たにした。

 「僕にとっても、思い入れのあるユニホーム。神戸のみなさんともう一度戦う。勝ちたい。神戸のみなさんに元気な姿を見せたいし、強かった時代を思い出してもらうためにも勝たないといけない」

 脳裏から消えることはない。プロ4年目。神戸の「青濤館」を退寮し同市北区のマンションで一人暮らしを始めたばかりだった。「大きな音と揺れは今も残っている。50年生きてきて、死を感じたのは、あの時だけ」

 車で選手寮へ向かったが地割れで通行不能に。食べ物はなく水だけで2日間を過ごした。両親が住む西宮北口駅近くの実家は半壊し、再会できたのはキャンプが終わった3月だった。

 02年のメジャー移籍後も、1月17日には必ず神戸の方角に黙とうしてきた。「僕の中で神戸を忘れることはないし、優勝したい」。オリックスの主力選手としてリーグ優勝を果たした記憶も、もちろん薄れることはない。「がんばろうKOBE」の思いを胸に――。96年を最後に遠のく頂点獲りに挑む。(湯澤 涼)

 ▽95年のオリックス優勝 1月17日の阪神大震災で本拠地・神戸が甚大な被害を受けたチームは「がんばろうKOBE」のスローガンのもと開幕した。序盤は出遅れたものの、6月は19勝4敗1分けの快進撃。以降は首位を独走し、9月19日に阪急時代の84年以来11年ぶりのリーグ優勝を決めた。原動力となったイチローは首位打者、最多安打、最高出塁率、打点王、盗塁王の5冠に輝き、2年連続のMVPに。田口はイチローとともに全試合に出場し、チーム最多14度の勝利打点で貢献した。

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