【内田雅也の追球】「スポーツ」の野球――阪神・矢野監督が目指すもの

[ 2019年10月15日 08:00 ]

1964年10月10日、東京五輪開会式は「素晴らしい秋日和」の中で行われた
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 体育の日だった。

 祝日となった当初は東京五輪開会式が催された1964(昭和39)年10月10日で定着していた。

 どんな日だったか。当時1歳8カ月で記憶はない。後に本で読んだり、見聞きした話だ。テレビ中継の実況を担当したNHKアナウンサー、北出清五郎は「世界中の青空を全部東京に持ってきてしまったような、素晴らしい秋日和でございます」と伝えている。
 監督・市川崑の記録映画『東京オリンピック』では、カタカタカタ……と聞こえてくる。国立競技場に並んだ国旗やロープがポールに触れる音である。風が強かったのだろう。

 1966年にこの10月10日を祝日と定め、2000年からのハッピーマンデー制度で10月の第2月曜日としていた。

 朝5時半に東京ドーム近くのホテルを出た。風は吹いていなかった。前夜(13日)、あれだけ星が見えた空もねずみ色の雲がかかり、時折小雨が降った。阪神の終戦を寂しがるように、降っていた。

 この体育の日が来年から「スポーツの日」と名称が改められる。また再び東京五輪が開催される来年に限り、開会式の7月24日が祝日となる。翌年から再び10月第2月曜日に戻されるそうだ。

 2020年の東京五輪開催を機に世界で使われる「スポーツ」の言葉を使おうとの動きが強まり、議員立法で法律改正となった。

 では体育とスポーツはどう違うのか。元より別物である。体育は知育、徳育に並ぶ言葉で英語ではフィジカル・エデュケーション、学校教育の意味合いが強い。

 スポーツはラテン語デポラターレから生まれた言葉で、元は「日常から離れた非日常的な遊び、気晴らし」といった意味だった。

 体育は先生の指導によって、体を鍛え、技を磨くのに対し、スポーツは自主的、自発的に行う姿勢が基本だと言えよう。

 つまり、阪神監督・矢野燿大が行おうとしている野球は体育ではなく、まさにスポーツである。

 笑顔やガッツポーズに見える「楽しさ」がある。加えて、矢野が重要視しているのは選手の自主性である。今年2月の沖縄キャンプ当時から、それは際立っていた。選手個々が自分で考えたメニューを行う時間があった。指導者が指示する練習ではおのずと限界や最高到達点が見えている。ところが、選手が自主的に行う練習には際限がない。大いなる可能性が広がっている。

 矢野は心の奥底で「野球のあり方を変えたい」と思っている節がある。特に少年野球から見られる命令調・禁欲的から自主的・享楽(エンジョイ)的へ。阪神がその手本となりたい。そのためには勝たねばならない。その意気や良しだ。スポーツとしての野球で勝とうではないか。=敬称略=(編集委員)

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