【内田雅也の追球】甲子園に約した再会――日本シリーズ進出を誓った阪神

[ 2019年10月5日 08:00 ]

ところどころに芝生の傷みが目立つ甲子園球場(撮影・大森 寛明)
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 前夜の猛烈な雷雨がうそのように、甲子園の空は晴れ、土は美しく整地されていた。ただ、外野の芝はところどころ茶色く枯れ、傷んでいる。

 「明日(5日)、種まきするんですよ」と甲子園球場のグラウンドを管理する阪神園芸甲子園施設部長・金沢健児が教えてくれた。いわゆる冬芝の種をまき、夏芝から切り替える。冬芝の種は1週間ほどで芽を出し、2週間もすれば育つ。

 阪神は4日、練習した後、クライマックスシリーズ(CS)ファーストステージの地、横浜に移動した。ファイナルステージ(東京ドーム)を勝ち抜いて、次に戻る2週間後、甲子園は青々とした芝で迎えてくれる、というわけだ。

 「種をまきますとね、スズメが食べに集まってくるんですよ。昔は運動会で使うピストルでバーンッ!とやって、追い払っていましたよ。今は僕たち人がワッとか近寄って追いかけてますけど」

 甲子園にはスズメがすんでいる。阪神ファンでもあった作詞家・阿久悠が「甲子園の雀(スズメ)」という詩を書いている。どん底の低迷期だった1991年7月、本紙に連載した『真情あふれるタイガース改造論』の最終回にある。

 <甲子園の雀が顔を寄せて/春と夏のまつりを語る/秋にもまつりがあればいいと/毎年毎年思いながら>

 春夏の祭りはむろん、高校野球の甲子園大会である。秋は日本シリーズに他ならない。<本拠地の雀はもっと切実に、阪神タイガースを思っているに違いない>と、阪神ファンの思いをスズメに代弁させた。

 そして<多少感傷的ではあるが、感傷がなくなればプロ野球などというものもなくなる>と書いた。

 まったくだ。誰もがある種の感傷を抱いて野球をみている。年老いた者は甲子園でプレーする姿に、自身の青春時代を重ねる。病と闘う者は選手やチームの姿勢で元気づけられよう。受験生は勉強の合間、猛虎の勝利が糧となる。ファンとともにある、というプロ野球とはそういうものだ。<エンターテインメントは人の心の飢餓によって成立する>のである。

 ベンチ前、キャッチボールする鳥谷敬が「甲子園で練習するのもこれが最後か……」とつぶやいたように聞こえた。照れくさそうに笑っていた。すでに今季限りでの退団が決まっている彼も、実は感傷的になっているのかもしれない。

 もちろんシーズンはまだ終わってはいない。CSを勝ち抜けば、また甲子園に戻れる。

 「この甲子園で野球を、日本シリーズをやれるっていうのは最高の幸せだと思う」と監督・矢野燿大は言った。最長10泊11日となる長旅にも「全然長いとは思ってない」と話した。「だって、うちは挑戦者だからさ。行くしかないんだから。何も守るものはないんだからさ。長いなんて思わない。楽しみやね」

 再会を約束し、甲子園から旅立った。 =敬称略= (編集委員)

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