日本ハム・田中賢介 駆け抜けた20年、あと19試合「まだCSある」

[ 2019年9月3日 13:00 ]

07年9月29日、優勝を喜ぶ日本ハム・田中賢(中央)
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 【賢介メモリーズ1】今季限りで現役生活に別れを告げる日本ハム・田中賢介内野手(38)が、パ・リーグの各球場の思い出を語る「賢介メモリーズ」。第1回は楽天の楽天生命パーク宮城とロッテのZOZOマリンスタジアムだ。プロ野球選手の使命を再確認した仙台、そしてレギュラーに完全定着して初めての優勝が決まった千葉。輝かしい思い出を胸に、残りの19試合も全力で駆け抜ける。

 2011年5月9日。新千歳空港から仙台空港に移動したナインは仙台市内の宿舎に向かうため、バスに乗り込んだ。同年3月11日に発生した東日本大震災。全員が窓の外を黙って見ていた。約2カ月が経過しても残っていた生々しい爪痕…。「仙台での印象に残った試合」を問われた田中賢は「あの時の光景は一生、忘れられません」と振り返る。

 翌10日はチームにとって同年で初となる仙台での楽天戦。チームは2―0で勝利を飾った。田中賢は「1番・二塁」で先発出場して4打数無安打に終わったが、甚大な被害をもたらした地震発生後からずっと心の中にあった「本当に野球をやってもいいのか?」という葛藤が少しだけ晴れた。「スタンドのファンの方々が楽しそうにしていた。少しでも被災者の方々を笑顔にできるなら、試合をやる意味もあるのかな、と思いました」と言う。

 前日1日の楽天戦は、仙台での今季最終戦だった。8回2死三塁で代打で登場。日米通算1500安打となる右前適時打を放ち、仙台のファンに最後の雄姿を見せた。

 千葉マリンスタジアム(現ZOZOマリンスタジアム)も田中賢にとって思い出深い球場だ。07年9月29日のロッテ戦でチームはリーグ2連覇を達成。同年は自身初めて全試合出場を達成するなど二塁のレギュラーに完全定着したシーズンだった。優勝決定試合も「2番・二塁」で先発出場し3安打2打点の活躍。「球場の駐車場でビールかけをして、その後に大型バス2台で六本木に移動して飲んだのを覚えてます」と懐かしむ。

 チームは8月に5勝20敗1分けと失速し現在は最下位。自力CSの可能性も消えている。プロ20年目の集大成となるシーズンは残り19試合。きょう3日からのロッテ2連戦に向け「まだCSのチャンスはある。勝ちたい」と言葉に力を込めた。 (山田 忠範)

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