【内田雅也の追球】「誠実」「努力」の安打たち――阪神が見せた「甲子園の心」

[ 2019年7月24日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神6―6DeNA ( 2019年7月23日    甲子園 )

8回1死三塁、大山は中前に同点適時打を放つ。投手エスコバー(撮影・北條 貴史)
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 野球部監督として都立高校を渡り歩いた佐藤道輔が著した『甲子園の心を求めて』(報知新聞社)は「高校野球のバイブル」と呼ばれた。初版は1975(昭和50)年の刊行。79年に続編が出ている。

 「誠実・努力・闘志」をモットーに、部員たちと甲子園を目指した記録は野球の心を学ぶうえで今なお古びていない。

 最初の赴任した都大島時代、強豪私学との練習試合で雨の中、一塁にヘッドスライディングしたOを相手の選手たちが笑った。佐藤は島へ帰る波止場で宣言する。「Oの懸命のプレーをあざ笑ったチームがいた。おれはいま、そのチームと正々堂々と勝負し、打倒することを目標としたい」

 1年半後、申し込んでいた再戦がかなった。そして勝った。決勝打はポテン打だった。<テキサスヒットは天がナインの努力に対して与えてくれた、あたたかな恩恵と裁きだったに相違ない>。

 列島各地で連日、甲子園出場をかけた地方大会が行われている。ナイターの前に幾度か取材に出向いた。だから持ち出したわけでもないが、中学・高校時代に読んだ「バイブル」を思い返した。

 佐藤が言う<テキサスヒットの哲学>は野球の真理ではないか。都大島では「テキサスヒットは闘志の安打、努力の安打」と言い合ったそうだ。そこには高校野球もプロ野球もない。

 阪神がこの夜終盤に見せた粘りは、その哲学が見事に通用する。7、8回で4点を奪った逆転劇で、記録された安打は7本あった。うち、ポテン打(テキサスヒット)が2本(鳥谷敬、大山悠輔)、そしてボテボテの内野安打が2本(福留孝介、ジェフリー・マルテ)あった。クリーンヒットではない泥臭い安打が4本も絡んでいた。

 ポテン打同様、内野安打にも哲学はある。それは一塁まで懸命に駆けるという「凡打疾走」の精神である。両足ふくらはぎ痛から戦列復帰したばかりの福留も、左膝を傷めているマルテも、ともに三遊間寄りの遊ゴロで懸命に走っていた。セーフになりたいと思う心は、あの泥まみれになった都大島のOも、プロ野球選手も同じなのだ。

 今季、阪神の内野安打数は76本となった。中日の91本に次ぎ、セ・リーグで2番目に多い。近本光司の個人リーグ最多23本は分かるが、梅野隆太郎8本、大山6本……らに、誠実や闘志が現れ出ているではないか。

 はるかに甲子園を思いながら、佐藤は「甲子園の心」は「日々練習するグラウンドや勉強する教室にある」と日常生活を重んじた。

 幸せなことに、甲子園球場を本拠地とする阪神の選手たちにも大切な心はある。24時間のうちの多くを野球に割き、誠実に向き合い、努力し、闘志を傾ける日々がある。=敬称略=(編集委員)

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