山本一義氏 “ひそかな自慢”鶴岡、川上、西本氏との良好な関係

[ 2016年10月4日 07:50 ]

山本一義氏死去 ( 2016年10月3日 )

1980年から近鉄の打撃コーチを務めた山本一義氏
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 【悼む】別れ際、あるいは電話を切る前に「おやじさんを頼むぞ」と念を押された。おやじさんとは、阪急や近鉄などで監督を務めたスポニチ本紙評論家だった西本幸雄氏である。

 近鉄コーチ時代に仕えた西本監督に心酔していた。後年「おいしいものが手に入った」と宝塚市の西本氏宅に届けた。「体調が心配」と電話も入れた。西本さんも「一義から電話があり、2時間も野球の話をした」とうれしそうに話していた。

 元南海監督の鶴岡一人氏、元巨人監督の川上哲治氏の薫陶も受けた。広島商―法大と鶴岡氏と同じ道を歩み、南海入りを希望しながら諸般の事情で広島入りした。それでも鶴岡氏との関係は続いた。フォームをまねたことが縁となり「打ち方が似ているといって、川上さんにも可愛がってもらった」とも聞かされた。

 広島商時代に無死満塁で敬遠されたことを聞くと、事実だった。高3夏の広島大会で監督に勝負を直訴した投手からバックスクリーンへ本塁打した。「監督に怒られなかったかな」と、相手を気遣う優しさもあった。

 球界を代表する3人の監督、鶴岡、川上、西本氏と良好な関係を築けたことが“ひそかな自慢”だった。天国でも野球談議に花が咲くに違いない。 (スポニチ大阪本社元編集局次長・山本 達雄)

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