井口マー討ち弾で日米通算2000安打「まさかの本塁打」

[ 2013年7月27日 06:00 ]

<楽・ロ>6回無死、日米通算2000本安打を達成し記念のボードを掲げる井口

パ・リーグ ロッテ2-3楽天

(7月26日 Kスタ宮城)
 ロッテの井口資仁内野手(38)が26日、楽天戦の6回に田中将大投手(24)から19号ソロを放ち、日米通算2000安打を達成した。日本球界では1506安打目で、メジャーでの494安打と合わせ、プロ17年目での大台到達。日本選手の日米2000安打は史上5人目の快挙となった。なお、試合は9回に楽天がサヨナラ勝ち。田中は開幕14連勝を飾った。

 節目の1本を豪快な一発で決めた。しかも相手は日本球界No・1投手の田中。野球人生において忘れられない一振りで、井口が史上5人目の金字塔を打ち立てた。

 「まさかの本塁打に自分でもビックリしている。今季一番のスイング。この数字を目標にしてきたので、最高の形で決められて良かった」

 4回の左前打でリーチをかけて迎えた第3打席。田中の初球はど真ん中の147キロ直球。「何も考えずにバットを振れた」。左中間席に勝ち越しの19号ソロ。悠然とダイヤモンドを一周した井口の表情は、達成感に満ちていた。

 青学大時代の96年にアトランタ五輪で銀メダルを獲得。鳴り物入りでダイエーに入団したが、入団後の4年間は打撃不振に苦しんだ。救ってくれたのは、当時の王貞治監督ら首脳陣。島田誠コーチからは同期の松中や柴原の活躍を引き合いに出され「悔しくないか?何かタイトルを獲ってみろ!」と奮起を促された。

 目指したのは盗塁王だった。「首位打者や本塁打は難しくても、盗塁なら1カ月で3~4個成功させればタイトルに手が届く」。まずは投手の癖を徹底的に分析。他球団の投手の特徴をノートに細かく書き込んだ。投手を研究したことは、打席でのタイミングの取り方にも生きた。相手の投球リズムを知ることで、それぞれの投手に合った最善のタイミングの取り方を覚えた。01年に44盗塁で初タイトルを獲得。同時に30本塁打、97打点と一気に飛躍を遂げた。

 大台到達は、井口のもう一人のコーチも喜ばせた。母・昭子さんだ。中学までは自宅の庭でバドミントンのシャトルを打たせて打撃フォームをチェック。プロ入り後もテレビ中継で気になった点をメールし、毎年1月に行う自主トレにも同行してきた。昭子さんは「左で打たせておけば良かった。ヒットの本数が全然違いますから」と右打ちにしたことを後悔してきたが、そんな母の悔いをも払しょくした。

 メジャー移籍1年目の05年にホワイトソックスで、08年にはフィリーズで世界一を経験。メジャーで4年間プレーした後、09年にロッテに加入した。メジャー時代から二塁に強いこだわりを持ち、それを理由に移籍を拒否したこともあったが、今季、伊東監督からの一塁コンバート案を受け入れた。「試合に出られるなら、どこでもやります」。昨季は打率・255、11本塁打も、今季は守備の負担が軽減されたことで、打率・331、19本塁打と完全復活だ。

 「5個あるチャンピオンリングを10個にしたいね。チームが優勝することが次の目標」。ダイエー時代とメジャーで各2回、ロッテで1回と5回の優勝経験を誇る。次の目標はロッテでの2度目の優勝だ。

 ▼ロッテ・伊東監督 ホームランで決めたのはさすが。彼にとってはあくまで通過点。今まで通りチームを引っ張ってもらわなきゃいけない。何とか勝ちたかった。

 ▼楽天松井(井口と同様に自身も日米通算で2000安打を記録。花束を手渡し)おめでとうございます、と言いました。あそこでホームランで決めるのはさすが。それも、相手が(田中)将大ですから。

 ▼ソフトバンク・秋山監督 (後半戦開始から)3試合で7本は(ペースが)速いな。技術が凄いし、配球をよく見ている。技術と勉強だよ。あとは健康かな。

 ◆井口 資仁(いぐち・ただひと)1974年(昭49)12月4日、東京都生まれの38歳。国学院久我山から青学大を経て、96年のドラフト1位でダイエー(現ソフトバンク)に入団。01、03年に盗塁王。二塁手でベストナインと、ゴールデングラブ賞を3度ずつ受賞。05年にホワイトソックスへ移籍し、1年目にはワールドシリーズ制覇に貢献した。メジャー通算4年で44本塁打、48盗塁。09年からロッテでプレー。1メートル78、91キロ、右投げ右打ち。

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