波乱の監督人生…選手に無記名で自らの信任投票実施

[ 2011年11月26日 06:00 ]

 西本氏の頑固さと、監督としての姿勢を表すエピソードが大毎監督時代の1960年10月12日、大洋との日本シリーズ第2戦(川崎)だ。

 永田雅一オーナーから「ミサイル打線でスクイズさせるバカがどこにいる。バカヤロー」の電話に「ここにいます。バカヤローは取り消してください」とかみついた。

 また、1966年10月14日、阪急監督5年目に向かう秋季練習初日に全選手43人に「私と引き続き一緒にやる気のある者は」と無記名投票を実施。×票4票、白票3票の結果に「こんな結果ではチームは動かない。自分が辞めるしかない」と辞任を申し入れたが、小林米三オーナーの慰留で続投した。

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2011年11月26日のニュース