大沢親分の通夜に1200人…長嶋さん「面白く、いい先輩」

[ 2010年10月14日 06:00 ]

大沢啓二氏の通夜で、祭壇に飾られた遺影と安置されたひつぎ

 7日に胆のうがんのため死去した、日本ハムなどで監督を務めた大沢啓二氏(享年78)の通夜が13日夜、東京都港区の増上寺光摂殿でしめやかに営まれ、立大時代の後輩の巨人・長嶋茂雄終身名誉監督(74)、TBSの人気番組「サンデーモーニング」で11年間共演してきた張本勲氏(70=スポニチ本紙評論家)ら約1200人が参列し、故人との別れを惜しんだ。14日正午から葬儀・告別式が同所で営まれる。

 祭壇の写真は笑みをたたえている。人とのつながりを大切にしてきた大沢親分。2年前、76歳を迎えた3月14日の誕生日会で写した笑顔を1万本の菊とカサブランカが囲む。トレードマークの和服姿。人と人との輪がそこにあふれていた。

 焼香した長嶋氏は遺影をじっと見つめ、数ある思い出をかみしめた。立大の2年先輩。立大4年のとき、故人から南海に誘われながら巨人入りした。それでも、プロ入り後も変わらず声をかけてくれた。「大学2年間の思い出が一番。プロに入ってからもいつも激励されてきた。面白く、そしていい先輩でした。球界の発展のために頑張ってくれた大先輩がまた一人いなくなって寂しい限りです」としのんだ。

 日本ハムを球団初のリーグ優勝へ導き、球界のご意見番として「あっぱれ」を、「喝」を入れてきた。11年前に「ハリやん、オレの番組に出てみねえか」と誘われて共演したという張本氏は「あの写真は“あっぱれ”を言ったときの笑顔。78歳はまだ早い。球界のためにもう少し生きていてほしかった」。故人が周囲に病を隠してきたことを知りつつ黙って一緒に仕事してきたが、もう「サンデー…」で共演することはない。だから焼香しながら「大沢さんの代役が務まるか不安です。でも、やるだけやってみます」と語りかけた。

 球界の頂を極めた親分から戒名は「將導院球岳日昭大居士(しょうどういんきゅうがくにっしょうだいこじ)」。大好きだった信州花織の着物を着た故人の棺にはボールが入れられた。その優しい笑みに、別れを惜しむ声は尽きなかった。

 ◆主な参列者 加藤良三コミッショナー、日本ハム・大社啓二オーナー、山田正雄GM、梨田昌孝監督、黒江透修・日本プロ野球OBクラブ理事長、巨人・長嶋茂雄終身名誉監督、原辰徳監督、篠塚和典打撃コーチ、小笠原道大、高橋由伸、阪神・片岡篤史打撃コーチ、張本勲、東尾修(ともに本紙評論家)、栗山英樹(スポーツキャスター)、上田利治、中西太、江夏豊、衣笠祥雄、関根潤三、山本浩二、池谷公二郎、高木豊(いずれも野球評論家)、江藤省三・慶大野球部監督、脇村春夫・前日本高野連会長、TBS・井上弘会長、サントリー・佐治信忠社長、菅原文太、徳光和夫、梅宮辰夫、みのもんた、劇団ひとり=敬称略、順不同

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2010年10月14日のニュース