【デュアルモーグル】堀島 北京五輪後に“親離れ” 父・行訓さん「彼は信念を貫いた」

[ 2026年2月16日 03:00 ]

ミラノ・コルティナ冬季五輪第10日    男子デュアルモーグル ( 2026年2月15日    リビーニョ・エアリアル・モーグルパーク )

20年10月、大台ケ原で記念撮影する(右から)父・堀島行訓さん、堀島行真、姉・有紗さん、母・則子さん(則子さん提供)
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 堀島がよちよち歩きすると同時に板を履かせ、この世界へといざなった父・行訓さんと母・則子さん。コロナ下だった前回北京五輪に続いて日本国内から愛息を見守り、メダル獲得の瞬間を喜んだ。

 行訓さんは堀島にとっての“初代コーチ”と言っていい。少年時代に直接指導し、大きくなった後も試合や練習方法の助言、心構えを伝えた。22年北京五輪、堀島は銅メダルを獲得。その直後「イタリアに向けて」とのタイトルを付けたライングループを作成した。最初は本人、両親と堀島の姉・有紗さんを含む4人がメンバーで、同年11月に結婚すると妻・輝紗良さんもメンバーに加わった。

 昨シーズン、そのグループから突然、堀島が抜けた。「この人(行訓さん)の励みだった」(則子さん)と寂しさはあったものの、その後の25年3月に世界選手権を8年ぶりに制覇。五輪シーズン開幕前に会った際には、「もうお父さんの力がなくても成績を残せたから、このままでいくよ」と告げられたという。名実ともに親離れした愛息に、行訓さんは「彼は信念を貫いた」と理解を寄せる。

 今はオスロで暮らす堀島と、会えるのは年に数回。それでも巣立った子を思う親の気持ちは変わらない。行訓さんと則子さんの思いも乗せて、イタリアの地で輝いた。

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