三原舞依 逆転の舞い!涙の初出場V SP2位から、人生の「どん底」から「アンビリーバボー」

[ 2022年12月12日 04:41 ]

フィギュアスケートグランプリ(GP)ファイナル最終日 ( 2022年12月10日    イタリア・トリノ パラベラ競技場 )

逆転で初優勝を飾った三原舞依(撮影・長久保 豊)
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 女子フリーが行われ、初出場の三原舞依(23=シスメックス)が133・59点で合計208・17点とし、逆転で初優勝を飾った。日本勢制覇は18年の紀平梨花(20=トヨタ自動車)以来、4人目。全身の関節が痛む難病や体調不良、北京冬季五輪代表から落選した失意を乗り越え、GPデビューから7季目で頂点に立った。渡辺倫果(20=法大)は4位、坂本花織(22=シスメックス)は5位だった。

 胸から金メダルを下げていることが信じられなかった。表彰台の真ん中に立った三原が、無数のフラッシュを浴びて涙ぐんだ。「ビックリしていて…。日本語もうまく出てこないです」。SP2位から臨んだフリーでトップの得点をマークして逆転優勝。「結果に驚いている。アンビリーバボー」。初出場のGPファイナルで歓喜の瞬間を迎えた。

 GPシリーズを含め、11~12月で3度目の欧州遠征。長距離移動と練習、試合を重ねる日々で確実に疲労が蓄積していた。「恋は魔術師」を演じたフリー。後半のダブルアクセル(2回転半)―3回転トーループの連続ジャンプに乱れが生じて、終盤のループは2回転となって手をついた。それでも「いつ倒れてもおかしくない」という状態の中で、ギリギリで踏みとどまった。

 19~20年シーズンは体調不良で全休。復帰を果たしてから少しずつ感覚を取り戻し、昨年度の全日本選手権では北京五輪切符の獲得まであと一歩に迫った。だが、フリーのミスが響いて4位。懸けていただけに、計り知れないショックを味わった。

 「どん底だった。悲しいだけじゃなくて、そこで自分ができなかったことが凄く悔しくて。本当に悔しかったんですけど、アスリートとして、その気持ちは一生忘れてはいけないなって」

 少し時間がたってから胸に芽生えた言葉が「まだまだやらなあかん」。絶望から立ち上がり、今年1月の四大陸選手権を制覇。徐々に体力も戻ってきたことから今季は練習量も増やし、GPシリーズで2連勝、そしてファイナルも制した。

 「いろんなことがあって、ここに来られていることが幸せだし、それを乗り越えてファイナルに来られたこともうれしい」
 スケートができる喜びや、自分自身に対する悔しさ。さまざまな思いを原動力に、これからも三原は滑り続ける。

 ▼中野園子コーチ (三原)舞依ちゃんはよくやった。体の調子は悪かったが、凄く頑張った。頭が賢い。とてもよく自分をコントロールした。(坂本は)身から出たさび。あれはしょうがない。

 ◇三原 舞依(みはら・まい)1999年(平11)8月22日生まれ、神戸市出身の23歳。県立芦屋高から甲南大に進み、現在は甲南大大学院で学ぶ。所属はシスメックス。難病の若年性特発性関節炎を乗り越え、16年に全日本選手権で3位。17年世界選手権5位。19~20年シーズンは体調不良で全休。今年1月の四大陸選手権で2度目の優勝。趣味は音楽鑑賞、けん玉。1メートル57。

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