ポール・サイラス氏が79歳で死去 NBAホーネッツの元監督 選手としてファイナル3回優勝

[ 2022年12月12日 13:47 ]

ボブキャッツ時代に当時ヒートに在籍していたジェームズと会話を交わすサイラス氏(AP)
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 現役時代にファイナル制覇を3回経験し、ホーネッツやキャバリアーズで監督を務めたポール・サイラス氏が死去。11日に家族が公表したもので、79歳だった。

 ネブラスカ州のクレイトン大で201センチのフォワードとして活躍したサイラス氏は1964年のドラフト2巡目(全体では10番目)に当時セントルイス(ミズーリ州)に本拠を置いていたホークスに指名されてNBA入り。セルティクスとスーパーソニックス(現サンダー)時代にはファイナル優勝メンバー(1974、76、79年)となった。

 現役通算では1254試合に出場して平均9・4得点、9・9リバウンドをマーク。球宴には2回選出され、オール・ディフェンシブチームには5回(ファースト2回、セカンド3回)選ばれた。自身初の優勝を飾るまでには10年の歳月を費やしており、1980年にスーパーソニックスで最後の試合を終えたときの年齢は36歳で、当時のリーグ最年長選手だった。

 1980年に当時サンディエゴ(カリフォルニア州)を本拠としていたクリッパーズで監督生活が始まり、ホーネッツやボブキャッツなどで指揮官を務めた。キャバリアーズ時代にはレブロン・ジェームズ(現レイカーズ)のデビューから最初の2年をともに過ごし、監督通算では387勝488敗。ただしクリッパーズを退団したあと、ホーネッツの監督になるまでにはアシスタントコーチ歴をはさんで15年の間隔があり、選手としても指揮官としても“我慢と忍耐”の中でのバスケットボール人生となった。

 悲報を受け取ったジェームズは「私が関わった人たちの中では最も偉大だった人物の1人」とコメント。ホーネッツのマイケル・ジョーダン・オーナー(59)は「情熱的な人だった。選手や監督として見識を高め、そこに決してあきらめないという哲学を吹き込んだ。だからとても寂しく感じている」と追悼していた。

 なおサイラス氏の息子、スティーブン・サイラス氏(49)はロケッツの現監督。11日には地元ヒューストン(テキサス州)でバックス戦が行われたが、父親の死去に伴ってこの日はベンチに入らなかった、

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