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ショートトラック一家の吉永一貴 母が求めた「本気」の心構え 「顔で良かった」のケガの真意とは

[ 2022年1月12日 07:30 ]

五輪企画コラム「オリンピアンロードの歩き方」

中2の頃に右頬を負傷した吉永(美佳さん提供)
Photo By 提供写真

 五輪を目指すアスリートに影響を与えた恩師、愛情をたっぷりそそぐ両親らを取材し、選手の横顔を紹介する新たなコラムがスタート。第1回は、スピードスケート・ショートトラックで北京冬季五輪代表に決まった吉永一貴(22=トヨタ・中京大)の母で、かつて全日本女王に輝いた美佳さん(62)に話を聞いた。

 日本ショートトラック界のサラブレッドといえば、真っ先に吉永の名前が挙がる。かつて母が全日本女王、叔母・美善さんが世界選手権女王に輝いた、誰もが知る一家。幼少期から英才教育を受けてきたと思っていたら、全く違った。

 「幼稚園の頃のカズ(一貴)は運動神経も良くなくて、凄く太っていた。12歳上のお兄ちゃんがいて、そのお兄ちゃんと同じように中学受験をさせるつもりだったんです。ずっと塾や英会話に行っていて、小5ぐらいからは受験勉強をさせるつもりでした」

 そう語るのは母・美佳さんだ。小2の時に初めて連れて行ったショートトラックの大会で、一貴が「やりたい」と興味を示した。「続かないだろうな…」と思いつつも、週1回でスケート教室に通わせ始めた。そこから本人はのめり込み、高学年になると、大会でも結果を残すようになる。それでも美佳さんは中学受験を諦めきれず、塾から家庭教師に切り替えて勉強にも励ましていたが、最終的に家族で話し合い「スケートをやろう」となった。

 当初は競技をさせることに積極的ではなかったものの、始める時から一貴に伝えていたことがある。「やるんだったら、中途半端な気持ちでやらないで」――。中学2年の時、女子選手の練習相手としてソチ五輪の合宿に参加していた一貴は、前にいた選手のブレード(スケート刃)が右頬に当たり大きな傷を負う。顔全体を包帯で覆うようなケガだったが、母は冷静だった。

 「ああ、足じゃなくて顔で良かった。顔なら、練習を休まなくて済む」

 ガチガチの英才教育を施してはいなくても、やはりアスリートとしての熱さを持った母。その遺伝子を受け継ぐ一貴が、日本男子のエースとして自身2度目の五輪に臨む。(五輪担当・西海康平)

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