元柔道日本代表監督の醍醐敏郎さん死去 95歳 五輪初採用の64年東京五輪で日本代表コーチ務め

[ 2021年10月12日 05:30 ]

醍醐敏郎さん(講道館提供)
Photo By 共同

 1976年モントリオール、84年ロサンゼルスの両五輪で柔道日本代表の監督を務めた醍醐敏郎(だいご・としろう)さんが10日午後4時58分、誤嚥(ごえん)性肺炎のため東京都内の病院で死去した。95歳。千葉県出身。葬儀・告別式は家族葬で執り行い、後日に総本山の講道館がお別れの会を開く予定。体重無差別で争う全日本選手権で2度優勝。柔道が初採用された64年東京五輪は日本代表コーチを務め、79年から89年まで全日本柔道連盟の強化委員長も担った。講道館で最高位の10段を認められていた。存命の10段は2人となった。

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