さらば最強横綱!白鵬が引退 古傷の右膝限界…今後は宮城野部屋付き親方で後進育成へ

[ 2021年9月28日 05:30 ]

7月の大相撲名古屋場所千秋楽で照ノ富士を下し、45度目の優勝を果たした横綱白鵬。現役引退の意向を固めた
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 大相撲で史上最多の優勝45回を誇り、長く第一人者として活躍した第69代横綱・白鵬(36=本名・白鵬翔、宮城野部屋)が現役を引退することが27日、分かった。既に日本相撲協会に引退を申し出た。モンゴルから00年秋に来日。通算1187勝、幕内1093勝など数々の史上1位記録を樹立したが、関係者によると右膝の回復が遅れ20年間の土俵生活に別れを告げることを決断した。今後は宮城野部屋付きの親方として後進を指導する見通しだ。 

 デビューから20年、1187の白星を積み重ねた白鵬もケガには勝てなかった。進退を懸けた7月の名古屋場所を全勝優勝で飾って復活を強く印象付けたが、その代償を払うように体は悲鳴を上げた。特に3月に手術を受けた右膝は再び最高位の責任を全うできる状態ではなく、限界だった。

 宮城野部屋関係者は27日、既に本人から部屋の力士らに引退する旨が伝えられたと話した。稽古では右膝に相当の負担がかかっている様子だったという。順調に白星を重ねた名古屋場所。関係者によると、千秋楽の数日前には引退を示唆したという。優勝を決めても「右膝がボロボロで、もう言うことを聞かなかった」と吐露した。先週には弟弟子らに土俵を去る決意を伝えた。表情には、どこかすがすがしさがあったという。

 15歳だった00年、モンゴルから6人の仲間とともに来日。大阪の実業団に預けられ相撲部屋からのスカウトを待っていたが、当時は1メートル75、62キロと痩せ細っていたこともあり、どの部屋にも引き取り手がなかった。チケットを手配し帰国の途に就こうとしていたが寸前で宮城野親方に拾われた。

 モンゴル相撲の経験もなかったためデビュー場所は3勝4敗と負け越し。稽古場では負け続け、悔し泣きは毎日だったが父・ムンフバトさんの顔に泥を塗りたくない一心で「帰る」とだけは言わなかった。同じモンゴル出身の兄弟子・龍皇と激しい申し合いで四股、てっぽうなどの基礎を徹底するとともに、双葉山や大鵬らの映像で研究する熱心な姿勢も糧となった。

 十両、幕内、三役を順調に駆け上がり07年夏場所後に第69代横綱に昇進。初土俵で1メートル80、80キロだった体格は1メートル92、155キロにまで成長。懐が深く、スケールの大きな四つ相撲を磨き、10年初場所後に朝青龍が引退すると「1強時代」を築き上げた。15年初場所で大鵬の32回を抜いて歴代最多優勝を更新。17年名古屋場所で歴代単独1位の1048勝目に到達した。横綱在位は84場所、年間最多86勝など角界の1位記録を次々と塗り替えた。

 宮城野部屋付きの親方として後進を指導する意思を持っており、関係者によると、年寄「間垣」の襲名を目指す見通し。かつて「横綱は孤独。分かってくれと言っても仕方ない。最後に残るのは相撲が好きだという気持ちだけ」と明かした。07年夏場所後の昇進から横綱15年目。強さを残したまま、力士生活に別れを告げた。

 【白鵬の主な1位記録】
 ☆優勝回数 06年夏場所から21年名古屋場所まで45回。2位の大鵬(32回)を大きく上回る。
 ☆全勝優勝 16回。2位は双葉山、大鵬の8回。
 ☆通算勝利 1187勝。2位は魁皇の1047勝。
 ☆幕内勝利 1093勝。2位は魁皇の879勝。
 ☆中日勝ち越し 51回。2位は千代の富士の25回。10場所連続(13年春~14年秋)も史上最多。
 ☆横綱在位 84場所。2位は北の湖の63場所。
 ☆横綱勝利 899勝。2位は北の湖の670勝。
 ☆年間最多勝 86勝(4敗)を9、10年に記録。2位は朝青龍の84勝(05年)。9年連続(2位は大鵬ら5年連続)、通算10回(2位は北の湖の7回)も最多。
 ☆連覇 7連覇(10年春~11年技量審査)。朝青龍と並ぶ。
 ☆連勝 戦後1位の63連勝。史上1位は双葉山の「69」。
 ☆横綱年長V 21年名古屋場所を36歳4カ月で制覇。
 ☆最長休場明け優勝 21年名古屋場所の6場所連続。2位は大鵬の5場所。
 ☆連続年優勝 06年から16年。
 ☆横綱休場 歴代ワーストの232日。2位は鶴竜の227日。

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