柔道・高藤&一二三の金メダル獲りの裏に「付き人」の技あり 練習相手だけじゃないパートナー

[ 2021年4月23日 05:30 ]

笑顔を見せる「付き人」の片倉弘貴さん(左)と伊丹直喜さん(撮影・河野 光希)
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 柔道界には「付き人」と呼ばれる人たちがいる。主に選手の練習相手や身の回りの世話をするのが役目だが、「付き人」を職業とし、東京五輪に臨もうとしているのが男子60キロ級代表・高藤直寿付きの伊丹直喜さん(28)と、同66キロ級代表・阿部一二三付きの片倉弘貴さん(23)の2人だ。金メダルを目指すそれぞれのパートナーをあらゆる面で支え、開幕が3カ月後に迫った大舞台を迎えようとしている。

 どこか前時代的な響きのある「付き人」なる言葉。定義は明確ではないが、試合時に出場選手をサポートするのが役目で、選手同士で補完し合うことが通例だ。代表クラスの選手でも現役選手がこの役目を兼務することが多い中、2人は高藤、阿部が所属するパーク24と契約する、いわばプロの付き人である。

 「責任は感じるし(同社と契約して)それは増した」とは伊丹さん。1学年下の高藤との出会いは小5の夏。柔道の総本山・講道館での夏期講習で「2人とも小さかった」という理由で打ち込みの相手となり、仲は深まった。神奈川・東海大相模中高、東海大では先輩・後輩の間柄。

 対戦成績は高藤の2戦2勝ながらライバル関係でもあったが11年、高3だった高藤が講道館杯で12年ロンドン五輪銀の平岡拓晃らを破って準優勝したのを目の当たりにし、「もう敵として見る人間ではない」と悟った。東海大卒業後は大学院に進み、16年リオ五輪までサポート。悲願かなわず銅メダルに終わったその夜、「東京五輪までお願いします」と請われ、関係は今に至る。

 一方で高校時代からその名をとどろかせていた阿部と片倉さんは日体大の同期で、出会いは16年4月の入学後。当初2人ともケガをしており、別メニューの練習をするうちに打ち解けた。階級は1つ上の73キロ級だが、畳に戻ると自然と打ち込みパートナーに。初めて同行した海外の大会だった17年世界選手権。金メダルを獲得し、最終日夜の打ち上げパーティーに出かける直前、宿舎で「五輪まで一緒に付いてきてほしい」と“プロポーズ”され、「付いていくよ」と応じた。翌年には2連覇。阿部がパーク24に掛け合い、片倉さんも同時に入社した。

 阿部とは同期で性格も穏やかな片倉さんの場合、一種の精神安定剤にもなっている。丸山城志郎(ミキハウス)との対戦で負けが続き、一時五輪代表入りが危ぶまれた時期も、試合に負けて「ごめん」と謝る阿部に「大丈夫。次、頑張ればいいじゃん」と声を掛けた。「重い雰囲気で重い言葉を返すのはどうかな、と思っていた」。基本的に弱みを見せない阿部に、普段は友人として自然に振る舞う片倉さん。普段の会話も世間話が中心で、緊張をほぐす。だからこそ、誰よりも厚い信頼を得ているのだろう。

 伊丹さんと高藤の関係性はまるで違う。先輩・後輩の間柄が色濃く残っているわけではないが、今でも“やんちゃ”な面を見せる高藤に、昔から「気が強い。先輩にもモノを言える。ダメなことはダメと言う」伊丹さんが時折ダメ出しし、衝突することも。「彼がひたむきに頑張っている時期は円満(笑い)」と話すが、一種の重しとしての役目も担う。「ただ仲良く友達でいたいなら、僕はこの職業をやっていない。現役中は信頼されていれば嫌われてもいい」ときっぱり言い切る。

 だからこそ、プロとして努力も並大抵ではない。トレーニングは同じメニューをこなし、国際大会が開かれればリアルタイムで同階級全ての試合を視聴。各選手の特徴を頭に叩き込み、練習で「あの選手の組み手をやって」などと要望されれば再現する。「そこで“どうやるの?”と教えてもらうようではダメなので」と伊丹さん。出稽古や合宿で4人が顔を合わせれば、「3人は凄いところまで知識がある。柔道の話で盛り上がるが僕は入っていけない」と片倉さんが謙遜するほど、豊富な知識を常にアップデートし続けている。

 東京五輪まで3カ月。「2人の目標が東京五輪の金メダル。やっと目前になってきた」と片倉さん。伊丹さんも「お互いに口にしなくても分かっている」と、最大のミッションに向けて気を引き締める。柔道人生を懸ける2人の金メダル候補を、2人も人生を懸けて支え続ける。

 ▼付き人 柔道では試合時に出場選手をサポートする役割の人のことを指し、ウオーミングアップや打ち込みの相手、飲料や補食の用意などのさまざまな雑務から、対戦相手のデータ伝達まで、その仕事は多岐にわたる。基本的には試合に出ない選手がその役を務めるため、伊丹さんや片倉さんのように専従者は珍しい。大相撲では付け人と呼ばれる世話人がいるほか、芸能界でも雑務をこなしながら自身も芸を磨く付き人が存在する。

 ◆伊丹 直喜(いたみ・なおき)1993年(平5)1月26日生まれ、神奈川県出身の28歳。2人の兄の影響で5歳から柔道を始める。神奈川・東海大相模高―東海大―東海大大学院―早大大学院(休学中)から19年4月にパーク24入社。

 ◆片倉 弘貴(かたくら・ひろき)1998年(平10)1月30日生まれ、神奈川県出身の23歳。中学から柔道を開始。群馬・前橋育英高―日体大から20年4月にパーク24入社。高校時代は90キロ級で、15年の全国高校選手権同級3位。大学では73キロ級。

 ≪柔道の現状 5月ロシア国際合宿へ強化&課題克服手応え≫ 今月初旬、高藤はアジア・オセアニア選手権、阿部はグランドスラム(GS)アンタルヤ大会で、いずれも昨年2月のGSデュッセルドルフ大会以来の国際大会出場を果たし、優勝している。コロナ禍でちょうど1年前は畳の上での練習ができない状況だったが、夏前から本格的な稽古を再開し、それぞれが強化や課題克服に着手。高藤は「1年間積み上げたものは間違っていなかった」、阿部も「決勝も足技で決め切れ、成長を感じている」と手応えを得ている。

 今後は実戦を挟まず、高藤は開幕翌日の7月24日、阿部はその翌日の25日の試合へ直行する予定。5月後半にはロシアで他国の五輪代表選手も顔をそろえる国際合宿が計画されており、2人も参加予定だ。

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