【羽生結弦、語る SP編(2)】「お仕事という場に僕が身を寄せることによって、何かしらの力に」

[ 2021年4月15日 20:51 ]

フィギュアスケート世界国別対抗戦第1日 ( 2021年4月15日    丸善インテックアリーナ大阪 )

<世界フィギュアスケート国別対抗戦第1日>男子SP、演技を終え笑顔を見せる羽生結弦(左) (撮影・小海途 良幹)
Photo By スポニチ

 男子SPで107・12点をマークし、2位だった羽生結弦(ANA)は演技後、オンラインで取材に応じた。

 ――世界選手権の前に地震があって、影響は
 「えっと。う~ん。まず3月の地震もそうでしたけれども、2月はもっと自分の住んでいるところはもっと揺れて。棚の物だったり棚自体はすごくずれたりとか、まあ食器が壊れたりとか、まあ、そのような被害がありました。ただ、幸いにもケガとか、また窓ガラスが破損したりとか、建物自体、まあちょっと、ヒビとか入っていたかもしれないですけど、自分の家自体は、え~、すごく大きな東日本大震災のようなことはなかったです。ただ、アイスリンク仙台の方はヒビ割れだったり、3・11の時に被害を受けていた壁がまた崩れていたりとか。いたるところに3・11の時のような傷跡がありました。え~、まあ幸いにも氷自体が壊れたりとか、冷却器が壊れたりとかはなかったんですけれども。アイスリンク仙台さんの特別な配慮をいただいて、なんとか、すぐにではなかったですけど、1日はできなかったですけど、その次の日から特別に補修工事をしながらでしたけど、少しだけ滑らせていただくことができました」

 ――演技で何か残すことができると思うようになったきっかけは
 「えっと、一番大きかったことは、自分のスポンサーさんであるANAさんのフライトに、えっと、スウェーデンから日本に帰る時にほんとに誰も乗っていなくて。空港に行ってもほんと真っ暗で。海外の人にはゴーストタウンと言われているんだよ、というようなくらいの空港の状況を見たり。本来はゲートであったはずの乗り口だったはずのところが、え~、なんか病院の受付みたくなっていたりとか、そういった状況を見て、ほんとに自分自身は自粛することがすごく大切だと思ってましたし、自分が感染を広げないことと、自分がその感染を広げる人の移動のきっかけになってはいけないということをすごく感じてグランプリは棄権したのですが、今はもちろんその気持ちも持ちつつ、そういう職の普通のあり方がなくなっている方々、またはこういう状況の中で苦しんでいる方々、もちろんこうやって大会を開催してくれたり、運営していただいたり、またはここに来ているテレビの方々、記者の方々含め、ほんとに大変なことを痛感したので。僕は、そのお仕事という場に僕が身を寄せることによって、何かしらの、うん、力になれるんじゃないかというふうに思いました。そして、空港で案内してくださった、お世話してくださったANAの方が「おめでとうとは言えなかった」とは言っていたんですけど、「ほんとに勇気をもらいました」と「僕の演技で力がもらえました」と、そういう言葉をいただけたので。僕は、もちろんまだ複雑な気持ちはありますけど、両方とも持った上で出てもいいのかなと思って今回は決意しました。ありがとうございました。またよろしくお願いします」

続きを表示

この記事のフォト

「羽生結弦」特集記事

「テニス」特集記事

2021年4月15日のニュース