【23歳の浅田真央】伝説のソチ「最高の演技で恩返し」そして休養へ

[ 2020年9月18日 06:47 ]

14年2月、23歳の浅田真央さんはソチ五輪女子フリーでラフマニノフの「ピアノ協奏曲第2番」を舞い、日本中に感動を呼んだ(撮影・西海 健太郎)
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 フィギュアスケート女子で10年バンクーバー五輪銀メダル、世界選手権3度優勝の浅田真央さん(29)が、9月25日に30歳の誕生日を迎える。

 20代最後の演技となった8月30日の「浅田真央サンクスツアー」栃木公演後に、「20代はホントに色々な経験をしました。乗り越えなければならない壁がたくさんありましたが、自分なりに乗り越えてきました」とコメント。何を経験し、どんな壁を乗り越えてきたのか。節目の一日を前に、印象的な言葉とともに浅田さんの20代を振り返る。第4回は23歳。

 浅田さんの涙に、列島が泣いた。14年2月20日、ソチ五輪女子フリー。SPで16位と出遅れた23歳が、冒頭にトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)に成功すると、残るジャンプも次々に決めていく。フリー自己ベストの142・71点をマークし、メダルには届かなくても6位まで順位を上げた。4分の演技を締めくくると、涙を抑えきれなかった。

 「全て出すことができた。メダルという形で結果を残すことはできなかったけど、あと残すのは自分の演技と思っていた。今まで支えてくれた方々に、最高の演技で恩返しすることができた」

 13年4月の世界国別対抗戦を終え、ソチ五輪シーズンで現役引退の意向を表明。だが、ソチから帰国後の会見では揺れる胸中を「ハーフハーフ」と表現した。14年3月、さいたまスーパーアリーナでの世界選手権で金メダルを獲得。この時点でも、まだ「ハーフハーフ」だった。

 1つの答えを出したのは、14年5月19日だった。「今までいろいろ考えてきたんですけど、自分の体も気持ちも少しお休みするという形で決めました。全ての試合をお休みする形にしたい」。14―15年シーズンの休養を表明し、「先のことは分からない」と続けた。

 常に第一線で闘ってきた浅田さんが、勝負のリンクを離れた。14年4月には休学していた中京大に復学。7月にはアイスショー「THEICE」でディズニー映画「アナと雪の女王の「Let ItGo」に乗って、姉の舞さんと姉妹で演技も披露した。夏には友人を訪ねて米ロサンゼルスに旅行するなど、競技の重圧とは無縁の日々を楽しんでいた。(杉本亮輔)

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