ベテラン・皆川博恵の尽きない向上心と、その原動力

[ 2020年9月5日 10:00 ]

レスリング女子の強化合宿で、練習前に手を消毒する東京五輪76キロ級代表の皆川博恵(日本レスリング協会提供)
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 新型コロナウイルスが日本国内で広がり始めておよそ6カ月。野球、サッカーといったプロスポーツに続いて五輪競技も徐々に再開しつつある一方、接触を伴うレスリングはいまだ以前の日常を取り戻せていない。9、10月に予定されていた試合も続々と延期、中止が決まっており、先行きは不透明。その中で「コントロールできない事柄は深く考え過ぎない」と泰然として構えるのが、女子76キロ級で初の五輪出場を決めている皆川博恵(33=クリナップ)だ。

 皆川は3月末に決まった東京五輪延期をすぐにプラスの材料に変えた。「たくさん課題があるので、クリアする時間が増えました。体力や技術が落ちるような感覚はないし、1年間でもっと上げていけるかなっていう気持ちがあるので」。6月下旬には「1、2年前から慢性的に気になっていた」という右膝半月板を手術。来夏を最高の状態で迎えるべく、1年間の猶予を最大限に生かす決意をした。

 日本の女子重量級に長く君臨した浜口京子に苦杯を喫してきた皆川は、浜口引退後の16年リオデジャネイロ五輪も怪我で出場を逃し、引退を考えるまで気落ちした。それでも17年の世界選手権で銅メダルを獲得し「しんどいけどやっぱりレスリングが好き」という思いで再起。ベテランと呼ばれる領域に差し掛かりながら、妥協なく厳しい練習に取り組んできた。そして19年の世界選手権で銀メダルを獲得し、32歳でついに初の五輪出場という夢を叶える。その時に流した涙は、誰よりも重みがあった。

 皆川といえば単身で海外遠征を行ったり、練習の一貫として相撲部に出稽古に行ったりと、落ち着いた印象とは対照的なチャレンジ精神あふれる行動力が目立つ。その真意を聞くと、本音は「今でも新しいことを始める時はためらいや、面倒だなという気持ちがある」と明かす。そんな自分を変えるきっかけとなったのが、中学2年時に母親から半ば強制的に参加させられたというオーストラリアへの短期留学。「人見知りで英語も喋れないし、本当は行きたくなかった」というが、終えてみると充実していた。以来、「最初の一歩だけ頑張って踏み出してみよう」という思いが芽生え、それが今の強さにつながる原動力となっている。

 8月19日には33歳の誕生日を迎え「常に試合をできるようないい状態に保つということが難しくはなってきている」とする一方、「経験を積んできたこともあってピーキングがうまくいくようになっているので、日時が決まった試合に向けて調整していくことに対して不安はない」と自身の武器を強調。女子重量級の五輪でのメダルは浜口が72キロ級で銅メダルを獲得した08年北京大会が最後で、「重量級の強化のためにたくさんの人が動いてくれている。私が金メダルを取って恩返しがしたい」と誓う。

 コロナの終息が見通せない今、来夏がどうなっているかは分からない。それでも、遅咲きの重量級エースが待ちに待った舞台で偉業を達成している光景はリアリティを持って想像ができるし、実現してくれるはずだ。(記者コラム・鳥原 有華)

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