男子やり投げ・新井涼平“山ごもりトレ”で夢へサバイバル!故郷で「野性に返った」

[ 2020年6月3日 05:30 ]

父・範夫さんがつくった器具で筋トレをす新井。重くするために、物干しざおの土台(点線丸印部分)も使った(本人提供)
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 陸上男子やり投げで日本歴代2位の86メートル83の記録を持つ新井涼平(28=スズキアスリートクラブ)が“山ごもりトレ”に取り組み、シーズン開幕を待ち望んでいる。このほど電話取材に応じ、豊かな自然で知られる埼玉県長瀞(ながとろ)町で河原での石投げや、父お手製の器具で筋トレをしていたことを明かした。首の故障でこの3年は精彩を欠いたが、「野性に返った」ことで、2度目の五輪出場、夢の90メートル台への準備ができている。

 練習パートナーは「自然」だ。練習場封鎖でやりを使えない期間、新井は石を投げた。河原で大小さまざまな形を見つけては、いろいろな投げ方を試した。

 「やりとは違ったバランスの石を投げることで、手の感覚が鋭くなる。足場が悪いので、下半身を使って投げられるようにもなる。メディシンボール(トレーニング用の重いボール)を使うように投げたりもする。野性に返っているようです」

 練習の舞台になった埼玉県の秩父地方にある長瀞町は、清流・荒川が流れる。この自然豊かな山間地で生まれ育った。昔は山や川が友達のような存在だった。約2カ月、原点の「野性」に返った。

 体を鍛えたくとも施設が使えないというアスリートの死活問題は、実家の倉庫で補った。父・範夫さん(58)に、鉄パイプを溶接してベンチプレスやスクワットの器具を作ってもらった。足りない重さは、一つ20キロある物干しざおの土台のコンクリートをヒモでつるした。「バランスが取りにくい」という大型トラックのタイヤも持ち上げて全身を鍛えた。身の回りの使えるものは何でも使った。

 14年に86メートル83の日本歴代2位を出し、16年リオデジャネイロ五輪に出場した。世界と戦う期待を常に背負いながら、この3年苦しんだのは、17年シーズン前に「頸椎(けいつい)椎間板ヘルニア」を発症したためだ。触った鍋の熱さを感じなかったことがあるほど感覚が鈍り、手のしびれや首の痛みに苦しんだ。練習で、走れない、投げられない日々が続いた。

 18年に歯のかみ合わせの治療をしたことで痛みがなくなり、昨年は体をつくり直す時間に充てられた。このオフは国内で調整。緊急事態宣言前に都内から実家に戻り、競技者の仕事を果たすために、体づくりに集中した。

 男子やり投げの日本記録は、89年に溝口和洋が出した87メートル60で、30年破られていない。東京五輪の参加標準記録85メートルも突破していないものの、「コンディションさえ合えば、85メートルはしっかり投げられる。練習を積めば90メートルが見えてくる」と世界のトップクラスを目標にする。故障で失ったモノを、「野性」に返って取り戻した。23日に29歳を迎える。本格化はこれからだ。

 《体の強さも投稿動画も“規格外”》
 【記者フリートーク】遊び心が大反響を呼んだ。ツイッターに、「13トントラック持ち上げ」と題した怪力アピールの動画を投稿したところ、19万回も再生された。
 実は車の機能を使った“いたずら動画”で「実際は軽自動車を持ち上げるのが限界」と苦笑い。私もだまされたクチで、新井ならやりかねないと早とちりした。
 超人エピソードに事欠かない人だ。左頭部の傷は小3時のもの。ゴルフクラブが当たり、頭蓋骨骨折と脳挫傷を起こして28針を縫う緊急手術を受けながら、オペ直前まで平然と立っていた。「医者には普通、気絶すると言われました」。木が足の甲を貫通した時は誰にも言わず自然治癒に任せたそうだ。
 今は、ベンチプレス200キロ近くを持ち上げる怪力。規格外の体の強さで、東京五輪では「本物」の大記録を生んでほしい。(五輪担当・倉世古洋平)

 ◆新井 涼平(あらい・りょうへい)1991年(平3)6月23日生まれ、埼玉県長瀞町出身の28歳。長瀞中では野球部。皆野高でホッケー部に入ったものの、07年大阪世界選手権で優勝したピトカマキ(フィンランド)のやり投げを見て、陸上部に入る。国士舘大を経てスズキ浜松アスリートクラブ(現スズキアスリートクラブ)へ。リオ五輪11位。15、17、19年世界選手権代表。14年アジア大会銀メダル。日本選手権6連覇中。世界ランキング20位。趣味は釣りで「楽しみは釣ること半分、食べること半分」。家族は美容師の妻と2歳の男児。1メートル83、97キロ。

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