八村の“大先輩”が死去 ウェス・アンセルド氏 74歳 ウィザーズを象徴するレジェンド

[ 2020年6月3日 10:08 ]

1998年、ウィザーズのGM時代のアンセルド氏(AP)
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 NBAウィザーズの前身となるブレッツ時代にチーム唯一のファイナル制覇(1978年)に貢献し、選手、監督、GMとしてチームに在籍したウェス・アンセルド氏が2日に死去。74歳だった。長年にわたって闘病中で、AP通信によれば最近では肺炎を併発していたとされている。

 ケンタッキー州ルイビル出身のアンセルド氏は201センチ(実際は198センチほど)、111キロのセンターとしてルイビル大で活躍。1968年のドラフトでは全体2番目にボルティモア・ブレッツに指名されてNBA入りを果たした。

 新人時代には13・8得点と18・2リバウンドをマークして新人王とシーズンMVPをダブルで受賞。ルーキーの2冠達成は1960年のウィルト・チェンバレン(当時フィラデルフィア・ウォリアーズ)を含めた2人のみで、アンセルド氏のあとは現在に至るまで誰も成し遂げていない。

 入団した1968年シーズン、ブレッツは前年よりも勝ち星を21も増やして57勝27敗。1961年にシカゴ・パッカーズとして誕生して以来、初めてチームの勝率は5割を超えた。膝の故障もあって1980年シーズンを最後に引退したが、13シーズンで計984試合に出場して平均10・8得点、14・0リバウンドをマーク。ウィザーズはブレッツ時代にファイナルに4回進出しているが、すべて“アンセルド時代”のものだった。1978年のファイナルではスーパーソニックス(現サンダー)を4勝3敗で下して初優勝。アンセルド氏はここでもMVPに輝いた。

 センターとしては身長は低いものの、フィジカルを生かしたパワーが売り物。在籍時にはチームを12シーズン連続でプレーオフに導き、球宴に5度選出されて1988年には殿堂入り。背番号41は永久欠番で、1996年に選出された「NBA50周年の歴代50人」の中にも名を連ねた。

 1987年にはブレッツの監督に就任して7季、指揮を執り、通算成績は202勝345敗。1996年からは7年間、GMも務めるなど、各役職を含めてブレッツ&ウィザーズ在籍は35年間にも及んだ。

 チームの“レジェンド”の悲報に接し、ウィザーズのテッド・レオンシス・オーナー(63)は「全員が彼を長い間、チームの柱として尊敬していた」とその功績を称賛。なお葬儀の詳細についてはまだ決まっていない。

 

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