追悼連載~「コービー激動の41年」その12 プロ入り表明後の賛否両論 支援と批判
【高柳昌弥のスポーツ・イン・USA】1996年4月。フィラデルフィアの母校ローワー・メリオン高校でNBA入りを宣言したコービー・ブライアントは「特別にハードな練習をしなければならないことはわかっています。大きな一歩であることもわかっています。でもきっとやれると思います。これは人生に巡ってきたチャンス。子どものころから追い続けてきた夢をつかむときです。だから崖から落ちても本望です」とスピーチを続け、揺るぎない信念と今後待ち受ける困難と試練に立ち向かっていく姿勢を示した。現在「ブライアント体育館」と呼ばれている“会見場”は大歓声。ただし取材陣とテレビでこの模様を見たNBA関係者の反応は少し違っていた。
セルティクスのジョン・ジェニングス強化部長は「誤った選択だ。確かにケビン・ガーネット(ティンバーウルブスが1995年に全体5番目で指名)は優秀な高校生だったがコービーとは違う」とネガティブなコメント。一部のメディアからは「彼がカレッジバスケを“価値がない”としてしまったことは社会の暗部になる。なぜ周囲の人間は止めなかったのか?」という厳しい意見もあった。
もちろん擁護派も数多く存在した。コービーの母パムは「これは家族の問題。他人が何を言おうが気にしません。大学に行こうがNBAに行こうが、全面的にサポートするつもりでしたから」と息子の決断を支持。元76ersの父ジョーがNBA入りを扇動したという憶測を含んだ記事も出回ったが、ジョー本人は「情報は与えたが一歩下がって見守っていた」と全面的に否定し、「ハーバード大に4年通う姿を見てみたかったがそれは現実的と言えるのだろうか?コービーには夢があり、最後は自分で決断したんだ」とブライアント家を襲った嵐のような1カ月を振り返った。
理解を示す記者もいて、アクロン・ビーコン・ジャーナル紙のカール・チャンセラー記者は「17歳の少年の将来にとやかく言うべきじゃない。高校生が何百万ドルも稼ぐことへの嫉妬だ。確かにうらやましい話だが、彼は100万人に1人の存在。“NBAに行くな”と言うのは宝くじが当たったのに換金しないようなものだ」と決断の正当性を書き記している。
コービーは進路を発表して2週間もしないうちにアディダス社とスポンサー契約を締結。業界関係者は驚いた。当時、ジョーダンを筆頭にNBAのトップ選手はほとんどがナイキ社と契約していたからだ。コービーもその路線を踏襲するかと思われたが「違うことをやってみたかった」と大志を抱く17歳はここでも自分の信念を貫いた。もちろんチャンセラー記者の言う「嫉妬」を抱いた人は数多くいただろう。大人にまだなりきっていない少年が大金を手にすることを危惧する人もいたはずだ。
だがジョーはまったく心配していなかった。「この年齢の選手はきっと試合後にナイトクラブなどに行くだろう。でも私はコービーがまっすぐホテルに帰って本を読むか、ニンテンドー(ゲーム)をやることを知っていた」と述懐。祖母のミルドレッド・コックスさんも「コービーに取り巻きのような人間はいなかった。いたのは真の友人と家族だけ。だからそれ以外の人間を排除できたのよ」と孫を成熟した大人として見ていた。
支援と批判がうごめく中でコービーはドラフトへの準備を開始する。大学の強豪校にいる選手ならばそれなりに映像があるので、NBA各チームのスカウトたちは判断に困ることはない。しかしソーシャルネットワークがなかった時代。コービーには自分の実力を証明する“ツール”がなかった。ドラフト候補生の特徴を映像をふまえて紹介する専門サイトもなかった。だからドラフト会議前の5月から6月にかけて全米各地を行脚。各チームのフロントやコーチ陣の前で腕前を披露したのである。そう、これが結果的にドラフトで運命を変えるとは知らないままに…。(敬称略・続く)
◆高柳 昌弥(たかやなぎ・まさや)1958年、北九州市出身。上智大卒。ゴルフ、プロ野球、五輪、NFL、NBAなどを担当。NFLスーパーボウルや、マイケル・ジョーダン全盛時のNBAファイナルなどを取材。50歳以上のシニア・バスケの全国大会には一昨年まで8年連続で出場。フルマラソンの自己ベストは2013年東京マラソンの4時間16分。昨年の北九州マラソンは4時間47分で完走。
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