大震災、W杯を経験した「釜石代表」が東西対抗で初の花園出場

[ 2020年1月7日 17:06 ]

第12回ラグビー18歳以下東西対抗戦   西軍19―12東軍 ( 2020年1月7日    大阪府東大阪市・花園ラグビー場 )

<全国高校ラグビー U18合同チーム東西対抗>前半、果敢な突進を見せる東軍・小野(撮影・北條 貴史)
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 東軍に輝く鉄人がいた。かつて、「北の鉄人」の異名を取った新日鉄釜石のお膝元、岩手県釜石高校のロック小野賢登(3年)が、フル出場で1メートル90、97キロの大きな体をぶつけ続けた。突破役を担って再三のゲイン。ゴールラインも脅かした。「トライを取りに行こうとしてターンオーバーをされたのが悔しかった」。涙目でピッチから引き揚げてきたものの、憧れの花園に立った満足感もあった。

 「花園が目標だった。叶ってうれしかった。釜石の代表としてやってきた」

 ラグビーの街、「釜石の代表」は特別だった。全国高校ラグビーの決勝前に行われる東西対抗戦は、昨年の新チーム結成時点で単独チームを組めない学校から選出される。釜石高校は現1年生が入ってやっと14人だった。岩手県の花園予選は、剣道部から1人借りて出場した。2回戦で敗れたものの、恵まれない環境でプレーをする選手のための「もう一つの花園」の東軍代表に選ばれると、「見たことも会ったこともない人からがんばってねと言われました。告知をされたので」と、声をかけられた。

 昨年のW杯は補助員として鵜住居復興スタジアムのピッチに立った。フィジー対ウルグアイ戦で、かつてない熱気、興奮、感動を味わう。「プロの試合を間近で見られて参考になった」。心の財産になり、高校から本格的に始めたラグビーがさらに好きになった。

 卒業後は東北学院大へ進む。「タックルを食らっても簡単に倒れない選手になりたい」。その先の進路も決めている。「消防士になりたいです」。小学3年の時に東日本大震災が起きた。内陸部に住んでいたため、自宅に大きな被害はなかったものの、祖父母を津波で亡くした。混乱の日々が将来の夢を決定付けた。

 「自衛隊が炊き出しをしたり、救援活動をするのを見て、公務員になりたいと思った」

 花園の経験もこれからの人生に生かす。

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