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上野 リーグ史上単独最多173勝!東京五輪 ソフト復帰へ「祈る思い」

ソフトボール女子の日本リーグで単独最多の173勝目を挙げ、笑顔で花束を掲げるルネサスエレクトロニクス高崎の上野由岐子

日本女子ソフトボールリーグ ルネサスエレクトロニクス高崎4―0ペヤング

(8月31日 高崎)
 ソフトボール女子日本リーグでルネサスエレクトロニクス高崎のエース上野由岐子(31)が31日、リーグ史上単独最多となる173勝目を挙げた。地元の群馬県高崎市で行われたペヤング戦の3回から登板した上野は5回をパーフェクトで締め、チームは4―0で勝利。今季9勝目で、並んでいたミシェル・スミス(米国、当時豊田自動織機)の172勝の記録を更新した。08年北京五輪で世界の頂点に立った夏から5年。鉄腕の新たな金字塔は、五輪競技復帰を懸ける9月8日のブエノスアイレスに届くか――。

 酷暑のピッチャーズサークルは、上野のものだ。最高気温が33度を超えた高崎、城南球場。登板予定は翌日だったはずのエースが、0―0の3回、立ち上がった。5回を一人の走者も出さずに締めると、チームは4得点でもり立てた。173勝という金字塔を祝福するナインに深々と頭を下げると、受け取った花束は「これはみんなのものだから」とベンチに置いた。

 172勝は「日本リーグに入ったときから目標の選手だった」というスミスの記録。国際連盟殿堂入りを果たした伝説の左腕が92年から08年まで17年かけて作った記録を、13シーズン目で抜いた。リーグ戦は年間22試合しか行われない中での記録は、まさに怪物の域だ。だが、湧いてきたのは感謝の気持ちしかなかった。「自分一人ではここまでこられなかった、とつくづく思った」

 08年夏の北京。2日間で413球を投げ抜き、世界の頂点に立った。「そこまで、金メダルのことしか考えていなかった。同じことはもうできないと思ったから、楽しくなくなった」。帰国後の周囲の熱狂の中で、手にしていたのは通信制大学のパンフレットだった。現役を引退し、新しい道へ進むことを真剣に考えていた。

 そんなとき、宇津木麗華監督の「これからはソフトボールに恩返しするつもりで続けようよ」という言葉が、新たな気持ちを呼び起こしてくれた。世界に通用する若い選手を育てる。自分がスミスを目標としたように、上野を目標とし、超えていく選手をつくる。それが第二のスタート。「あのとき辞めていたら、きょう祝福してもらうことはなかった」と笑った。

 無人の野を行く記録はこれからもついてまわる。だが、もう自分の記録へのこだわりはない。次代の選手に夢をつなぐ。その最大の目標は、20年夏季五輪の正式競技復帰。あと1週間あまりで、答えは出る。「今はただ、祈る思いです」と表情を引き締めた31歳は、こう続けた。「東京で五輪を開催してもらって、ソフトボールが復帰してくれることをお願いするだけ。そうなれば、私ももう一度頑張ってみようという気持ちになると思う」――。伝説の夏は、まだ終わらない。

 ◆上野 由岐子(うえの・ゆきこ)1982年(昭57)7月22日福岡県出身の31歳。小3でソフトボールを始め九州女子高2年時に最年少でジュニア全日本代表に選出、世界ジュニア選手権優勝に貢献。01年4月、ルネサスエレクトロニクス高崎(当時日立高崎)入社。02年世界選手権、04年アテネ五輪で2度、完全試合を達成。北京五輪は1人で計413球を投げ抜いて優勝の原動力となった。1メートル74。

[ 2013年9月1日 06:00 ]

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