元日本代表MF橋本英郎 FC今治で優勝、そして昇格へ…40歳の戦いは続く

[ 2019年10月16日 10:00 ]

MIOびわこ滋賀戦の試合前に撮影するFC今治。後列左端が橋本で、前列中央が駒野
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 あの時のやりとりを覚えている。16年2月。宮崎キャンプ中のC大阪は、当時はまだ四国リーグで戦っていたFC今治と練習試合を実施した。元日本代表MF橋本英郎(40)は、FC今治のオーナーであり、かつ天王寺高の先輩でもある元日本代表監督の岡田武史氏(63)から、試合後に“オファー”を受けた。

 岡田氏「ウチはどうだ?」
 橋本「僕、嫁が瀬戸内海にある愛媛の生名島出身なんですよ」
 岡田氏「それ、もうバッチリじゃん」
 橋本「40歳を超えたらお願いします」

 岡田氏が一緒に戦った代表選手に声を掛けるのは恒例で、2人の会話も冗談半分。だが、それは3年後に実現する。

 昨季までJ2東京Vに所属していた橋本のもとに、昨オフ、FC今治から真っ先に獲得オファーが届いた。戦う舞台は、J1から見て4部相当のJFL。カテゴリーは下がるものの、橋本は「挑戦」の思いを胸に移籍を決意した。

 今年5月には40歳を迎え、単身赴任の生活も3年を超えた。それでも「JFLですけど、ウチ(今治)の環境は恵まれている」と笑みを見せる。10月13日の第23節MIOびわこ滋賀戦では、ボランチとしてフル出場。1―2で敗れた試合後、自らの課題を口にした。

 「自分自身としては、もっと試合を決定づけるプレーをしたいなと。普通にボールを回すことは問題なくできるけど、上から(下のカテゴリーに)下りてきていることを考えれば、試合を決定づけないといけない」

 G大阪黄金期の橋本といえば、戦術眼に優れ、複数のポジションをこなせる黒子役だった。それが今、JFL優勝、そしてJ3昇格を目指すFC今治では二川孝広や遠藤保仁のようなプレーも自らに求めている。

 昇格条件は4位以内(Jリーグ百年構想クラブの上位2位以内)で、現在のFC今治は3位につける。残り7試合――。優勝、そして昇格へと40歳の戦いは続く。(西海 康平)

 ◇橋本 英郎(はしもと・ひでお) 1979年(昭54)5月21日生まれ、大阪市出身の40歳。G大阪ジュニアユース、同ユースを経て98年にトップ昇格。12年に神戸、15年にC大阪へ移籍。16年夏にJ3長野へ期限付き移籍し、17年にJ2東京Vに完全移籍。今季からFC今治所属。国際Aマッチ通算15試合出場無得点。1メートル73、68キロ。利き足は右。

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