苦戦のJ2京都「自分たちのサッカー」確立で常勝軍団目指す

[ 2015年11月15日 09:30 ]

 クラブ史上ここまで苦労したシーズンはなかった。J2京都のことである。14日の栃木戦で1―0の勝利を収め、何とかJ2残留。毎年のようにJ1昇格候補に挙げられながら、むしろ迫っていたのはJ3降格だった。

 2010年を最後に5年間J2暮らし。スポンサーには京セラ、任天堂と巨大な後ろ盾を持っている。クラブは立命館と提携した「スカラーアスリートプロジェクト」を06年に立ち上げ、スイス1部ヤングボーイズFW久保や浦和からオファーが届いたMF駒井ら優秀な下部組織出身者を輩出している。他のJ2クラブと比較するまでもなく恵まれた環境下にある。それが現状ではJ2でも中位以下に成り下がっている。

 なぜか。答えの一端を今季途中から就任した山中大輔社長(57)が明かしてくれた。就任前は知識はもとより、サッカー観戦もできないほど多忙なサラリーマン生活を送っていたという。そんな中、クラブの社員に「このクラブのスタイルは何ですか?」と問いただした。誰も明確な答えを挙げられなかった。

 大木監督時代(11~13年)はショートパスを多用して狭いエリアを崩すサッカーだった。バドゥ監督時代(14年~同年6月)は攻撃的サッカーを掲げた。その後、川勝監督が引き継ぎ、今季から和田監督が就任。堅守速攻のサッカーを掲げたが頓挫し、コーチから昇格した石丸監督が“負けないけど勝てないサッカー”を作った。確かに、これでは一体どこに向かっているのか分からない。

 もっとも、指揮官次第でサッカーの方向性が変わる―。多くのJクラブを担当し、それが常であることも分かっている。ただ唯一違ったのが14年に担当した鹿島だ。鹿島の関係者に話を聞いていると、よく「ウチは帰る場所があるから」という言葉を耳にした。ジーコイズムともいうべきサッカーの方向性であり、苦境に陥れば原点に戻って立て直す。大崩れしない真理だと思った。それと同じフレーズを、言葉は悪いが“サッカー素人”の山中社長は口にした。

 「自分たちのサッカーとはこういうモノだというのを作らないといけない」。来季クラブは3年計画の初年度として新プロジェクトを立ち上げる。18年に亀岡市に設立される新スタジアムでJ1を迎えるために、まずはシッカリと足元を固める意向だ。まずは「京都愛」に溢れた人選を進めていく。今季J1で指揮を執っている監督からの“売り込み”があったが、それを断った事実からも本気度がうかがえる。

 きっと昇格を5年間も待たされているサポーターの反発はあるだろう。だが昇格しても、すぐにJ2に降格するエレベータークラブでは意味がない。鹿島のような「常勝軍団」をつくるため、今少しの辛抱は必要だ。(飯間 健)

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