【凱旋門賞】キセキ7着 重馬場に泣いた 日本馬最先着もスピードに乗れず

[ 2019年10月7日 05:30 ]

凱旋門賞でゴールするスミヨン騎乗のキセキ(撮影・西川祐介)
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 世界最高峰レース、仏G1「第98回凱旋門賞」(芝2400メートル)が6日(日本時間同日深夜)、パリロンシャン競馬場で行われ、ピエールシャルル・ブドー(26)騎乗のヴァルトガイスト(牡5=仏ファーブル)が優勝。史上初の3連覇を狙ったエネイブル(牝5=英ゴスデン)は2着に敗れた。14年に並ぶ最多タイの3頭が出走した日本馬はキセキ(牡5=角居)の7着が最高だった。69年にスピードシンボリが初挑戦を果たしてから50年。日本競馬界の悲願達成はまたも持ち越しとなった。

 重い扉をこじ開けることは今年もできなかった。パリロンシャンは早朝に雨。レース直前にも再び雨が降り、たっぷり水分を含む過酷な馬場となった。前哨戦フォワ賞(3着)に続き、地元スミヨンを背にしたキセキは何とかスピードに乗せようとしたが、悪路に阻まれて中団がやっと。最後は馬と馬の間を何とか伸びたが、前から離れた7着まで。日本馬最先着は果たしたが世界の壁は厚く、3歳時の菊花賞以来のG1・2勝目はあまりに遠かった。

 引き揚げてきたスミヨンは「この馬には重い難しい馬場になってしまった。最初のスピードは良かったが、そこでスピードを使い過ぎたかもしれない」と無念の表情。一方、角居師も「残念。馬場が影響したのか、ちょっと分からない」と言葉少なに肩を落とした。

 ドバイワールドCやメルボルンCを制し「世界のSUMII」と称される角居師にとっては、皐月賞馬ヴィクトワールピサで挑んだ10年(7着)と同じ着順の無念。「3年前から年に何カ月かフランスに滞在して勉強しました。その成果もあって(10年凱旋門賞7着の)ヴィクトワールピサの時はこちらの人に言われた通りの調教しかできない“お客さん”だったけど、今回は当時より自分で調教ができた感じがした」と現地にも再三出向き、手応えも感じていたが、想像を超えた重馬場が悲願成就を阻んだ。69年スピードシンボリの初挑戦からちょうど半世紀。日本競馬の悲願達成の答えは、今年も見つからなかった。

 ▽凱旋門賞 第1次世界大戦後、フランス競馬が復活。この機会にフランスを代表する競走を新設したいと考えた当時の統括機関が「若馬と古馬の2400メートル戦。10月第1日曜日開催」の大一番を構想。1920年に、既に1882年から使われていた「凱旋門賞」のレース名をこのビッグレースに移し、施行された。欧州競馬12F路線を締めくくる一戦で、米ブリーダーズC、ドバイワールドCと並ぶ世界最高峰レースの一つ。賞金総額500万ユーロ(約5億8500万円)、1着賞金285万7000ユーロ(約3億3426万円)。

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