尾藤イサオ、76歳でも“衰え知らず”の躍動感――喜寿を前に映画初主演

[ 2020年10月18日 09:30 ]

笑顔を見せる尾藤イサオ(撮影・会津 智海)
Photo By スポニチ

 【俺の顔】尾藤イサオ(76)は歌手、俳優として60年近くを駆け抜けてきた。「1年365日、常に体を大丈夫にしておかなければいけない」という信念を貫いてきた努力のたまものだが、歩を緩めようとはしない。11月6日公開の「感謝離 ずっと一緒に」(監督小沼雄一)では、喜寿を前に映画初主演を果たした。3人の孫の存在も大きな活力になっており、ますます意気軒高だ。(鈴木 元)

 50代の男性にとって、尾藤の名前を聞いて真っ先に思い浮かぶのは70年「あしたのジョー」の主題歌だろう。「宇宙戦艦ヤマト」などのささきいさお(78)と並び、今で言えば“アニソンの神”的存在。当時は既に「悲しき願い」のヒットなどで人気を得ていたが、この依頼は格別だったという。

 「ちばてつやさんの漫画が好きで、少年マガジンをずっと読んでいた。テーマソングを歌わないかという話が舞い込んできて、まさかと思いましたがとにかくうれしかった。後で聞いたら作曲の八木正生さんが推薦してくれたそうで、僕に光を当てていただいて本当に感謝です」

 レコーディングでは緊張のあまり歌詞を忘れ、その部分をハミングで歌ったらそのまま採用されたのは有名な話。以降、代表曲として歌い続けて半世紀。コンサートでは今なお、最も盛り上がる曲のひとつだ。

 キャリアの出発点は曲芸師で、10歳で鏡味小鉄に弟子入り。大卒の初任給が8000円ほどだった時代、1ステージで700~800円を稼ぎ、海外での公演も経験した。だが、エルビス・プレスリーとの“出会い”が運命を変えた。

 「どこかから“ハートブレイク・ホテル”が流れてきて、その方へ行ったらそば屋の奥のラジオから聴こえてきたんです。これだ、と思いました。それからはステージでもロックをかけてもらって、ナイフやお皿を投げてロカビリー曲芸なんて言われていました」

 年季が明けた師匠へのあいさつで歌手への夢を告げると、返って来た言葉は「本物の不良になるのか」。破門となり、プロダクションを紹介してもらい、バイトをしながらジャズ喫茶で歌う場を見つける。先輩の鹿内孝(79)から「おまえはうまくならねえなあ」と言われてもめげることはなかった。

 「動きだけは絶対に負けまいと思って鹿内さんのバックで歌の邪魔にならないように、でも目立たなきゃいけないと思いながらツイストを踊っていました。その前に6年間舞台に立っていたから、いい意味で舞台度胸のようなものがあったんです」

そんな姿がテレビ局のプロデューサーの目に留まり、フジテレビ「スパーク・ショー」などのレギュラーをつかむ。

 「ジャズ喫茶に出るようになって2カ月くらいで、あまりにも早く世の中に名前が出るようになったので、売れたことはうれしいけれど消えることも考えなければならい。とにかく曲をたくさん覚えて、人とは違う動きをするということだけでした。歌を歌えて良かった、楽しいということの延長で今に至っています」

 70年代からは俳優業も本格化させ、歌、踊り、芝居の三拍子そろったエンターテイナーとして活躍。特に、市川崑監督には73年「股旅」の主要キャストに抜てきされたのを機に重用された。

 「僕は時に寝転がったり、跳びはねたりしながらの歌い方なので、重箱に収めようとしても収まり切らないところに魅力を感じてキャスティングしてくれたのではないでしょうか。セリフをしゃべった後の口の閉まり具合を普段と同じようにというような細かいところを教わりました。歌の師匠がプレスリーなら、演技の師匠は市川監督ですね」

 今も開脚を見せるステージングや、ミュージカルなど衰え知らずの躍動感を見せる。体のメンテナンスを欠かさないからこそなせる業だ。

 「熱が出たり、歯が痛くなっても代わってくれとは絶対に言えない仕事ですから。1日1時間から1時間半のウオーキングと、自分でつくったメニューのトレーニングを1時間くらい、毎日欠かさずやっています」

 好きな酒も控えめにしているという。

 「明日も明後日も、1年後も健康な体でいたいと思うと無理はできないです。家でも焼酎を2合くらいかな。もっといっているか?」

 そう言うとマネジャーが即座に「はい。取材の時はいつも少なめに言うんです」と暴露されバツが悪そうに照れる。だが、孫の話になると途端に目尻が下がった。

 「孫なんてって思っていたんだけれどね。自分がなってみると、普通のおじいちゃんですよ。あと何年かで80歳になるけれど、この仕事が好きだし体を守っていかないとね」

 まさに好々爺(や)の笑みが顔全体に広がった。

 ≪気心知れた中尾ミエと「凄くナチュラル」に撮影≫「感謝離」は尾藤と中尾ミエ(74)のダブル主演で、長年連れ添った夫婦を演じる。2人はデビュー当時からの付き合いで、自宅も徒歩圏内にあって互いを行き来する仲だけに「ラブシーンがあったら、ちょっとやりにくかったかもしれない」と冗談めかす。それでも気心が知れているだけに、撮影ではあうんの呼吸を発揮。「僕もミエちゃんも日常のまま気楽にできて、凄くナチュラルでほとんどが一発OKだったと思います。力が抜けたいい映画ができたのではないかな」と満足げに語った。

 ◆尾藤 イサオ(びとう・いさお) 1943年(昭18)11月22日生まれ、東京都出身の76歳。62年「匕首マッキー」で歌手デビュー。64年「悲しき願い」が大ヒット。日劇ウエスタンカーニバルなどに出演し、66年のザ・ビートルズ来日公演では故内田裕也さんらと前座を務めた。64年「アスファルト・ガール」で映画に初出演して以降、映画、ドラマ、舞台で幅広く活躍している。

続きを表示

この記事のフォト

「美脚」特集記事

「竹内結子」特集記事

2020年10月18日のニュース