「少年隊」グループ名存続の背景…ジャニー氏&メリー氏で売り出した最後のグループ

[ 2020年9月20日 17:16 ]

少年隊
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 少年隊はジャニーズ事務所の最古参グループで、ジャニー喜多川前社長とメリー喜多川名誉会長が姉弟で売り出した最後のグループだ。活動はしないのにグループ名は残す選択には、少年隊に情熱を注いだ両氏への気遣いとメンバーの深い思いを感じさせる。

 1985年にシングル「仮面舞踏会」でデビュー。実際の活動歴はもっと長く、81年からテレビ東京「ザ・ヤングベストテン」にレギュラー出演。80年にそれぞれソロデビューした近藤真彦(56)や田原俊彦(59)のバックダンサーを務めた時期もあり、現在のジャニーズJr.が当時は「ジャニーズ少年隊」と呼ばれていた。

 錦織一清(56)、植草克秀(55)、東山紀之(53)の編成になったのは82年から。「三年B組金八先生」などTBSの金曜日午後8時台の学園ドラマからは田原、近藤、ひかる一平(56)、シブがき隊、THE GOOD-BYEがデビューしたのに対し、少年隊はレコード発売前から主要音楽番組に出演。デビュー前から名前が売れ、機が熟してから本格的に売り出した印象が強い。バク転、バク宙などアクロバティックなパフォーマンスと、キレのあるダンスは当時の歌謡シーンで際立っていた。

 86年からは劇場を主戦場とする。毎年夏に東京・青山劇場でミュージカル「PLAY ZONE」(通称プレゾン)シリーズを恒例化させ、演目を変えながら23年継続。大阪公演などを加算すると、通算957公演で計138万465人を動員した。後にTOKIOやV6、Hey! Say! JUMPなどになるメンバーたちもデビュー前から出演しており、若手育成の場にもなった。

 しかし、年を重ねるたびにソロ活動が目立ち、少年隊として3人がそろう年に一度の場がプレゾンに。2008年8月31日の大阪・梅田芸術劇場公演を最後にシリーズの出演を後輩のアイドルたちに託すと、3人での活動は、ほぼ見られなくなった。植草と東山はソロでも表舞台で活動しているが、錦織は演出家として軸を置くようになった。

 グループとしては12年間沈黙しながらも守り続けた「少年隊」。それなりの年齢になっても「少年」を名乗ることに対して、東山は本紙のインタビューに「気にならないものですから」と違和感がないことを強調。そして「少年隊があるからこそ1人でも活動できるんです」と口癖のように答えていた。

 「少年」「Jr.」はジャニー喜多川氏がエンターテイメントで追求してきた大きなテーマの一つでもある。東山らの、この時期の大きな決断は、昨年7月の恩師の他界も少なからず影響しているはずだ。メリー氏も現在は「名誉会長」として引いた立場となり、ジャニーズ事務所は運営面でも代替わりが加速している。そんな流れの中での少年隊“終幕”。12年前にプレゾンのバトンを後輩に渡した時と重なる。

 少年隊に続く最古参グループは来年3月末で長瀬智也(41)が脱退するTOKIOで、次はV6。TOKIO以降にデビューしたアイドルは、藤島ジュリー景子社長が関わっている。

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