平松愛理、復興支援全国で「経験を歌い広める」 阪神大震災から25年「神戸ミーティング」涙の最終回

[ 2020年1月18日 05:30 ]

復興支援ライブのボードの前で笑顔を見せる平松愛理
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 6434人が犠牲となった1995年の阪神大震災は17日、発生から25年を迎えた。兵庫県内各地で追悼式典が行われ、地震発生の午前5時46分には市民らが黙とうした。神戸市出身のシンガー・ソングライター平松愛理(55)は、震災以後行ってきた復興支援ライブ「神戸ミーティング」を同市内で開催。今回を最後の公演としたが「神戸の経験を各地で歌い広める」と“全国展開”を誓った。

 これまでの感謝の気持ちを込めると位置づけた震災25年の公演。市内のホールに集まった観客600人を前に、阿久悠さん作詞、平松作曲のチャリティー曲「美(うま)し都~がんばろやWe love KOBE」や「You Are Mine」、「部屋とYシャツと私~あれから~」など14曲を歌った。

 故郷が大災害に見舞われながら、自身は都内で被災しなかったという罪悪感を抱き続け、震災直後からチャリティーライブなどを開催。「神戸ミーティング」と銘打ったのは97年からで、毎年1月17日に神戸で歌い収益金を寄付してきた。今回を最終回としたが、今後は宮城県など東日本大震災の被災地や大雨・台風などの被害を受けた地域で、復興支援の経験を生かしたライブを続ける意向だ。

 震災では須磨区の実家で両親が被災。開業医の父は、全壊した医院から点滴や薬を探し出し、近所のケガ人や病人を無料診療した。平松の支援活動にも影響を与えたその父が昨年10月に89歳で他界したことも、ライブに一区切りつけるきっかけとなった。「自慢の父が亡くなり月日の流れを実感。改めて何かをやろうと思えた」といい「音楽には人を笑顔にする力がある。被災地はもちろん、日本各地に歌を届けたい」と未来を見据えた。

 最後のステージで「私の人生の半分近い間、神戸ミーティングと過ごしてた」としみじみ。「いつか神戸ミーティングは忘れられても、阪神淡路大震災は忘れられない。25年間ありがとうございました」と涙を浮かべながら締めくくった。

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