伊武雅刀 緩急で進む名優の道、「デスラー総統」声の仕事封印し夢の俳優に―硬軟自在の70歳

[ 2019年12月15日 10:00 ]

険しい表情をみせる伊武雅刀。 硬軟自在な演技が魅力だ(撮影・白鳥 佳樹)
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 【俺の顔】伊武雅刀(70)の声はなんとも魅力的だ。聞く人の心に響く低音ボイス。その名を世に知らしめたのも人気アニメ「宇宙戦艦ヤマト」のデスラー総統、ラジオ「スネークマンショー」など声の仕事だが「全く本意ではなかった」という。子供の頃からの夢だった映画スターになるために、その武器をいったん封印。その大英断で独自の地位を築いたベテランが長年の経験で得た指針は「緩急」だった。

 20歳の頃、通っていた俳優養成所で代表者から言われた言葉がある。「君は声はいいけれど、声だけだな」。当然、ショックだっただろうが人生は皮肉なもの。仲間たちと劇団をつくりアルバイトをしながら小劇場で公演していた時期に、後の妻となる「本命」と出会う。稼ぐために受けた「宇宙戦艦ヤマト」のオーディションでデスラー役を射止める。しかも、当初はヤマトの航海班長・島大介役を受けるつもりでいた。だが、オーディション会場にいろいろなキャラクターが描いてあったのを見て一転する。

 「その中に青い顔をしたのがいたから、こっちの方がいいと言ってやったらプロデューサーがいいじゃないかと言ってデスラーをやるようになったんです。でも、その良さも悪さも全く分からなくて、ただ定期的にお金が入るようになったという喜びだけ。そうしたらラジオのCMやアニメの仕事も来るようになって、あれえっという間に食えるようになっちゃったんです」 

 「スネークマンショー」は独特の選曲とラジカルなコントで音楽シーンにも影響を与え、手売りで苦労していた小劇場のチケットも瞬時にさばけるなどの相乗効果を生んだ。だが、元来の目標から遠ざかっていることにしゅん巡する日々。そんな時「声の仕事を抑えて新たな気持ちで」を条件に現在の事務所の社長から声をかけられる。一大決意で映画の世界に飛び込み「ウィークエンド・シャッフル」(82年)でデビューしたものの自己評価は最悪だった。

 「試写を見た時にゾッとしましたね。ダメだこりゃ、オーラがないというか、全く売れる要素がない、面白くもなんともない役者だなと思ったんです。夢にまで見た映画の1本目だったので、あの時は本当に怖くて落ち込みました」

 だが、落ち込んだことは後にも先にもその一回だけだという。当時勢いのあった角川映画で、相米慎二、根岸吉太郎、井筒和幸ら気鋭の若手監督に立て続けに起用されことが奏功し、俳優としての土台を築く。

 「基礎的なことですけれど、相当鍛えられましたよ。ただ役をつくってセリフをどう言うかということではなく、与えられた役の裏側にある人間性みたいなものが必要なんだって。しかも相手があることだから、どう出てくるのかというキャッチボールもだんだん楽しくなってきた。自由な発想でできたのが凄く大きかった」

 そして映画、ドラマを問わず請われるようになり、硬軟自在の演技で存在感を放つようになる。その過程で身に付けたのが緩急である。

 「若い頃は、とにかく作品に関わったらずっとその作品や役のことばかり考えていたけれど、今はグッと集中する時とスポーンと忘れるような抜くことを覚えてきた。大きい流れで言えば、1年に2回は日本を離れるようにしていて、それが精神的に凄くいい。体の中にエネルギーをもらえるから、帰って来ると体の調子もいいし、仕事をしていても新鮮で気持ちがいい。3本も4本も仕事が続いて、しかも同じような悪役ばかりで疲れてきちゃっても、あと1カ月たったらあそこに行くからそれを励みに頑張ろうとかね」

 メリハリをつけることで心身ともに充実一途。今年も公開された映画が3本、放送されたドラマが9本と活躍ぶりは目覚ましい。作品全体を俯瞰(ふかん)して見るようにもなり、監督のあらゆる要求に応えるための準備も怠らない。

 「今度の作品はこういうリズムでやってみようとか、いろいろなことを考える時間が楽しい。採用されるのはほんの少しだけれど、いっぱいつくっていくことでどう言われても大丈夫なようにね。俺はこう解釈したのに、監督が全然違うこともありますから。一介の役者が考えているよりも、はるかに物語のバランスを考えている。だから、俺がいい芝居をしたと思ったところをカットすることもあるんです」

 そう言っていたずらっぽく笑うが、自身の確固たるスタイルがあるからこその発言だろう。では現在、声についてはどう思っているのだろうか。

 「全然意識しなくなりましたね。以前は、いい声を出さないように裏切ってやろうと考えていましたが、もう意識の中にないですね」

 悠然とした物言いだが、その声はやはり心地良く染み入ってきた。

 ≪「楽しかった」カイジ富豪役≫伊武が出演する映画「カイジ ファイナルゲーム」(監督佐藤東弥)が、来年1月10日に封切られる。9年ぶりのシリーズ第3作で、初参加となるが「ギャンブルを使って悪と戦っていく、エンターテインメントとして面白い作りだし気持ち良かった」と気負うことなく撮影に臨んだ。主人公のカイジ(藤原竜也)に生死を懸けたギャンブルを持ちかける富豪役。完成した作品については、「導入部からいいなあと思って見ていました。佐藤監督もなかなかのもの。楽しかったですよ」と語った。

 ◆伊武 雅刀(いぶ・まさとう)1949年(昭24)3月28日生まれ、東京都出身の70歳。67年、高校生の時にNHK「高校生時代」で俳優デビュー。アニメの声優やラジオのDJとして注目を集め、83年に発売したシングル「子供達を責めないで」では30万枚を超すヒット。映画「ションベン・ライダー」、「俺っちのウエディング」(共に83年)などで俳優として頭角を現し、88年にはスティーブン・スピルバーグ監督の「太陽の帝国」に出演。

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