兼高かおるさん死去 90歳、紀行番組草分け、旅行ジャーナリスト

[ 2019年1月10日 05:30 ]

死去した兼高かおるさん
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 海外紀行番組の草分けで、TBSで放送された「兼高かおる世界の旅」の案内役として世界中を巡った旅行ジャーナリストの兼高かおる(かねたか・かおる、本名兼高ローズ)さんが5日午後8時45分、心不全のため東京都港区の高齢者施設で死去した。90歳。神戸市出身。葬儀・告別式は近親者で行った。後日しのぶ会を開く。

 日本人にとって兼高さんはまぶしい存在だった。

 「兼高かおる世界の旅」は海外旅行ブームに先駆けた名物番組として、90年まで31年間放送。兼高さんはリポーターやナレーターだけでなく、ディレクターやプロデューサーも兼務。日本人の海外渡航が自由化される1964年以前から、さっそうと世界各地を飛び回った。父親はインド人で、エキゾチックな美人。南極や北極まで体当たりで取材した行動力も視聴者に魅力的に映った。

 得意の語学を生かしたアポなし取材も人気で、現地で知り合った人の自宅を訪問し、夕食をリポートするのも珍しくなかった。2015年に応じたインタビューでは「“予定は未定”。カメラマンさんに“兼高さんの通ったあとは草も生えない”と言われました」と笑っていた。

 スペインの画家ダリやケネディ米大統領、英国のチャールズ皇太子ら著名人とも面会。約150カ国を訪れ、総移動距離は約721万キロ、地球180周分というテレビ史上例を見ないスケールになった。

 番組終了後は、兵庫県淡路市の「兼高かおる旅の資料館」名誉館長や横浜市の「横浜人形の家」初代館長に就任。80歳を過ぎても、海外旅行を楽しむ様子をテレビ番組で語っていた。

 「…世界の旅」で23年間、カメラマンを務めた今井昭夫さん(82)はスポニチ本紙の取材に「取材は現地の人に協力してもらえないのが当たり前。危険な場所もあったが、彼女のタフさは相当なものだった」と人柄をしのんだ。一昨年、電話で話した際は「体調面に不安があるようではなかった」という。

 旅行ジャーナリストの先駆者は静かに天国へと旅立った。

 ◆兼高 かおる(かねたか・かおる)1928年(昭3)2月28日生まれ、神戸市出身。東京・香蘭女学校を卒業後、ホテル経営を志して54年渡米、ロサンゼルス市立大で学ぶ。航空会社主催の「世界早回りコンテスト」で約73時間の記録を樹立し有名に。59年から「兼高かおる世界飛び歩き」(60年「…世界の旅」と改題)に出演した。著書に「私の好きな世界の街」「スーツケースのティー・タイム」など。日本旅行作家協会会長などを務め、菊池寛賞、紫綬褒章などを受けた。

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