紅潮維持

[ 2018年6月3日 09:00 ]

深浦康市九段。ちなみにサッカー大好き
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 【我満晴朗のこう見えても新人類】5月24日の将棋会館(東京都渋谷区)には、ただならぬ雰囲気が漂っていた。女流タイトル戦の「マイナビ女子オープン」5番勝負第4局と並行して、別室では第66期王座戦挑戦者決定トーナメント1回戦、羽生善治竜王―深浦康市九段の対局も進行していたからだ。

 なぜただならぬ雰囲気かというと、将棋ファンの皆様ならすぐに納得して頂けると思う。羽生―深浦の勝者は2回戦(順々決勝)で誰あろう、藤井聡太七段と対戦する。大げさに表現するならば藤井への挑戦権を争う一戦。取材に駆けつけた報道陣の数も心なしか多かった。もちろん筆者もその1人。

 結果はご存じの通り、114手で深浦の勝利だった。中盤から後半にかけて苦しい局面を強いられながらも、羽生の玉頭に銀をただで成り捨てる乾坤一擲(けんこんいってき)の勝負手を放ち永世7冠の思考を乱す。最後は鮮やかな差し回しで勝利を呼び込んだ。鮮やかすぎる逆転劇だ。

 深浦と言えば「粘り」が身上。圧倒的に追い込まれた場面から根性でひっくり返した対局は数知れない。終盤になればなるほど上気を増すその容貌は、失礼ながら「赤鬼」と形容したくなる。

 対局後の感想戦で撮影した深浦の表情=写真=をご覧頂きたい。手の甲に比べ、顔は明らかに色の濃さが違う。これでも終局直後からは収まっている方だ。自らの全精力を惜しげもなく投入し、身を削るように勝負する棋士の迫力がレンズ越しにひしひしと伝わってくる。

 深浦は王位を3期獲得した実績を持つ「羽生世代」の一員。きまじめな容貌の内側にユーモアのセンスも光る。あの「オヤジギャグ解説」でおなじみの豊川孝弘七段とともに大盤解説を務めたネット中継でのこと。豊川が「角が好位置にありますね」と熱く説明する様子を、なぜか含み笑いを浮かべながら対応する深浦。ついにこらえ切れなくなったのか「ちなみに私、深浦コウイチって言うんですけど」。この鋭いツッコミにはさしものダジャレ棋士も「あ〜っ、すいません読み抜けてました」と最敬礼せざるを得なかった。ギャグの感覚では第一人者の豊川にもひけをとらない。

 昨年10月31日の叡王戦段位別予選Aブロック決勝で羽生と対戦した際も注目を浴びた。なぜなら勝者が本戦トーナメントで当時四段の藤井と対戦することが決まっていたからだ。で、この対局も深浦が制している。

 「羽生VS藤井」の実現を2度にわたって阻止した深浦は、ある意味「羽生キラー」と言えるかもしれない。ちなみに叡王戦では藤井に土俵際まで追い込まれながら、一瞬の緩手を見逃さず大逆転勝利を収めた。

 この駄文を執筆している時点で2人の王座戦対局日は未定なのだが、おそらく6月中旬にも組まれるはず。4年に一度のサッカーW杯と同様に注目したい。(専門委員)

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2018年6月3日のニュース