「ET―KING」TENNさん、そしていときんさんも逝き…それでも「7人で歌っていきたい」

[ 2018年2月3日 22:18 ]

ET−KING(左からBOOBY、KULTUH、センコウ、BUCCI、コシバKEN)
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 がん性心膜炎のため先月31日に死去した人気ヒップホップグループ「ET―KING」のリーダー、いときん(本名・山田祥正=やまだ・よしまさ)さん(享年38)の通夜が3日、大阪市阿倍野区のやすらぎ天空館で営まれ、メンバーが報道陣の取材に応じた。一問一答は以下の通り。

 コシバKEN いときんは19日に倒れ、その後意識が戻らないまま病室にいた。彼は持ち前の力強さで生きようと必死に頑張ってくれ、その間、仲間と家族と一緒にいる時間を作ってくれた。

 ―印象的な言葉

 コシバ 今に始まった事ではないですが、いときんはいつも自分の大切な人、応援してくれる人のために生きて歌を作ってきて、メンバーもその背中を見ながら一緒に歌を歌ってきた。最後まで僕たちのために時間を作ってくれました。1月のはじめに検査があって、その後少しメンバーだけで過ごす時間があった。そのときも健康の大切さや僕たちのこれから、会社のこれからを力強く伝えてくれていました。

 本人も2月ぐらいから決まってるライブには様子を見ながらステージに立ちたいと言ってくれていた。20周年に向けてまずはやっていこうと話しました。

 摂取する食べ物、飲み物の大切さ、大切な体を自分でしっかりと守っていかないといけないと教えてくれました。

 ―最後に立った12月28日のライブについて言っていたことは

 コシバ 本当はもっとたくさんの歌を歌いたいと本人からは申し入れがあったが、闘病中ということもあり、これが最後ではないと思っていたので、アンコール3曲という形で本人が歌いたい3曲を歌ってもらうことにした。今となっては、もっとたくさんの曲を歌えばよかったのかもしれませんが、彼が納得してくれたのは、生き続けると彼も強く思っていたのだと思う。

 ―そのライブで「生きろ」といときんさんがファンに伝えた事について

 コシバ 僕たちはずっとそばで彼を見続けていたので、年末の忙しい中で集まってくれたファンやお世話になってる皆さんに、とにかく健康と生きる事の大切さを伝えて、お客さんから元気を受け取って…。とにかく来ていただいたみなさんにも、これから先の人生も謳歌(おうか)してほしいと思っていたのだと思います。

 ―今後について

 コシバ 3年前にTENNを失って、こうして、いときんも逝ってしまって、メンバーと会社とたくさん話しをした。2人がいなくなったET―KINGは当初のET―KINGじゃないかもしれませんけど、彼らの作った音楽と彼らの気持ちを引き継いでいけるのは、一番近くに居られた僕たちだと思っています。いときんが活動休止の際にも言っていたんですけど、「俺たちの歌を聴いてくれる人、俺たちのライブを待ってくれている人達が1人でもいるんなら、たとえ1人になってもET―KINGは続けていく」と。僕たちも同じ気持ちでこれから音楽を、歌を、人に言葉、メッセージを伝えられるように活動したいと思っています。

 ―2月のライブも5人で?

 コシバ はい。いろいろおっしゃる方もいるかもしれませんが、いときんならどうするか、TENNならどうするか。それを考えて決断して、歌わせていただけるならそうしたい。

 ―CLUTCHさんは、共にET―KINGを始めたメンバー2人を亡くされた。

 CLUTCH 僕は18のとき、専門学校時代に出合って20年一緒にいろんな時間を過ごしてきた。昔も今も変わらず目の前の人を大事にする男だったんで、その気持ちを受け継いで、今も昔もこれからも、7人で歌を作って、7人で歌っていきたいと思います。

 ―容体が急変する直前、話したこと

 コシバ 1月17日、スタジオに作業に向かうと、いときんがそこに居て、ファンの寄せ書きや千羽鶴をひとり眺めていた。「おはよう」と普通に言って、1月の検査の話とかをしていました。

 ―いときんさんが書きためた楽曲はどうしていく?

 センコウ まだ全然分からないけど、いときんいっぱい曲ためてるんで、それは何としても引っ張り出してきたい。アイツが書きためたノートもいっぱいあるんで、おれらなりに解釈して作れたら。

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