[ 2009年12月19日 06:00 ]

 ≪楽劇「ジークフリート」について≫

 楽劇4作からなる巨大作品である「ニーベルングの指環」において第2夜(第3作)「ジークフリート」が、ひとつのターニングポイントとなっている。「リング」全作の製作プロセスをごくごく簡単に述べておこう。ワーグナーはかなり早い段階から構想を温め、草案を練っていたが、実際の製作過程ではまず台本を「神々の黄昏(当初はジークフリートの死)」→「ジークフリート(同・若き日のジークフリート)」→「ワルキューレ」→「ラインの黄金」の順で書き上げていった。作曲は「ラインの黄金」から逆の順番で行われたのだが、「ジークフリート」第2幕の途中まで書いたところで筆を置き、約10年ものブランクが空いてしまう。その理由は経済的困窮などで「リング」のような巨大作品を初演するメドがまったく立たなかったことから上演可能な、ある程度小規模の作品をまず先に作ろうと考えたからとされる。しかし、そこで創作されたのが「トリスタンとイゾルデ」と「ニュルンベルクのマイスタージンガー」という、2つの大作だった。確かに両作品ともに「リング」に比べてオーケストラの編成こそ小さいものの、その内容は濃く、上演時間も他の作曲家のオペラに比すると格段に長いのである。
ここで重要なのは、「トリスタンとイゾルデ」によって確立され、「マイスタージンガー」によってさらなる進化を遂げた、いわゆる「トリスタン和音」と呼ばれる半音階進行の技法獲得である。それに伴い調整の複雑なコントロールが進化し音楽に一層の彩りと陰影、そして厚み、深みが増し、ワーグナーの作曲手腕は円熟期を迎えたことだ。
その後、バイエルン国王ルートヴィヒ2世が突然ワーグナーの前に現れ、莫大な借金をすべて返済。巨額の援助を行ってくれたため、ワーグナーは窮地を脱し「ジークフリート」の作曲を再開し、1871年に完成に漕ぎ着けた。続いて「神々の黄昏」を74年11月に脱稿し音楽・オペラ史上にさん然と輝く超大作「ニーベルングの指環」はついに完成を見ることになった。
前述したように約10年のブランクが、結果的に「リング」の音楽に一層の厚みと多様性を持たせることにつながったわけだが、これは「ジークフリート」第3幕以降から顕著に聴き取ることが出来る。前奏曲から複数の動機が多重的に絡み合いながら、濃厚な音楽空間を作り上げていく手腕は圧巻のひと言に尽きる。音楽面での充実が劇中のジークフリートの成熟ぶりに歩みを合わせるかのような効果をもたらし、観客・聴衆をさらに作品の奥深い世界へと引き込んでいく。
 その一方で第2幕、「森のささやき」のように室内楽的で精妙な美しさに溢れた音楽もこの作品の大きな特徴である。さらに若きジークフリートが前進、成長する前向きでプラスのエネルギーが全体に横溢していることもワーグナーの他の作品にはあまり感じられない、「ジークフリート」ならではの大きな魅力のひとつといえよう。

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2009年12月19日のニュース