[ 2009年12月19日 06:00 ]

第3幕冒頭、智の神エールダをヴォータンが訪ねるシーン

 その一例を挙げよう。第2幕第3場、舞台装置は米国の地方都市によくあるモーターリスト・ホテルのようなセット。大蛇に変身していたファフナーを倒し、ニーベルングの指環と隠れ頭巾(隠れ冑)を手に入れたジークフリートをミーメが毒殺しようとするシーンだ。ここは通常、ジークフリートを騙して毒を飲ませようとするミーメの上辺の言葉と、殺害を企む心の中の本音の区別がつきにくい場面。ウォーナーは、ミーメがジークフリートに甘言を弄する部分を実際の会話とし、心中の独白はミーメをいちいち別室に移して話させた。しかし、彼の言葉はジークフリートのいる隣室のテレビに生中継で映し出されるのだ。その結果、ミーメのゆがんだ魂胆がジークフリートにはもちろん、観客にも手に取るように理解できる仕組みを作っていた。分かりやすい上に60年代米国のテクノロジーと文化の象徴のひとつであるテレビを小道具として巧みに活用していた点に大いに感心させられたことが強く印象に残っている。加えて、翌年「神々の黄昏」を観てようやく分かったことではあるが、このテレビの仕掛けも演出家のメッセージがいったい何なのかを表現する伏線のひとつにもなっている。ご覧になっていない方も多いと思うので、この先の詳述は別の機会に譲ろう。ただ、情報量の多いこのステージを整理して観ていくためのヒントとして、舞台上の小道具でチェックしておいていただきたいものをいくつか挙げておこう。(1)ジークフリートが着ているTシャツ(2)ジークフリートが鍛え直した魔剣「ノートゥング」(3)第2幕、ジークフリートの道案内をする鳥(4)第3幕、智の神エールダの傍らにある時計――など。筆者はこれらを含めて気になったことをすべてメモしてウォーナーをインタビューした際に、ひとつひとつ説明してもらった。単なる小道具ではなく、多角的な意味を含んでいるのは確かだ。しかし、ウォーナーによる説明をここではあえて紹介しない。ご覧になる際にこれらのアイテムを少しだけ気に留め、演出意図を理解することでワーグナーが作品に込めたメッセージを知るための手がかりとしていただけると幸いである。

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2009年12月19日のニュース