【内田雅也の追球】スランプの資格と脱出法

[ 2024年3月21日 08:00 ]

オープン戦   阪神0-4ソフトバンク ( 2024年3月20日    ペイペイD )

<ソ・神>8回、中野は左飛に倒れた(右は中村晃)(撮影・北條 貴史)
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 「知の巨人」と呼ばれた評論家・批評家、小林秀雄は酒席で豊田泰光と顔を合わせた。豊田が西鉄(現西武)から国鉄(現ヤクルト)に移籍した1963(昭和38)年ごろの話である。

 『スランプ』と題して書いている。随筆集『考えるヒント』(1964年・文芸春秋)にある。

 スランプについて豊田は「はっきりした事はある。若い選手達が、近頃はスランプだなどとぬかしたら、この馬鹿やろうということになるのさ」と話したそうだ。

 小林は<その道の上手にならなければ、スランプの真意は解からない>と理解した。<下手なうちなら、未だ上手になる道はいくらでもある。上手になる工夫をすれば済む事で、話は楽だ。工夫の極まるところ、スランプという得態(えたい)のしれない病気が現れるとは妙な事である>。

 だとすれば、阪神・中野拓夢はスランプに陥る資格が十分である。プロ入り4年目。昨年は最多安打のタイトルも獲得した。今や日本を代表する好打の二塁手である。

 その中野が苦しんでいる。この日は1番に入り4打数無安打。8日のヤクルト戦(甲子園)を最後に安打は途絶え、実に30打席連続無安打。打率は・070まで沈んだ。まさにスランプである。

 前日は「もうわからないです。自分でもどうなっているのかもわからないです」と悩める心境を漏らしていた。

 小林が「スランプの時はどうするのか」と聞くと豊田は「よく食って、よく眠って、ただ待っているのです」と答えた。「なるほど」と感じ入った。豊田はベストナイン6度、首位打者も獲得した一流選手だった。技術的、肉体的な練習や工夫はできている。ならば、食事と睡眠で体調を整え、復調を待つわけだ。

 落合博満が同じことを著書『コーチング』(2001年・ダイヤモンド社)に書いている。<技術的なスランプは原因を見つけて改善すれば早く脱出することができる。だが、精神的なスランプからはなかなか抜け出すことができない。根本的な原因は食事や睡眠のような基本的なことにあるのに、それ以外のところから原因を探してしまうからだ。そして、精神的なスランプと闘う状態がストレスにつながる>。

 中野のストレスも相当だろう。努力や工夫は十分である。ならばスランプは必ず明ける。今はよく食べ、よく眠り、時を待ちたい。 =敬称略= (編集委員)

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