【内田雅也の広角追球】平和への祈りと希望の光 甲子園球場で輝く初日の出

[ 2023年1月1日 07:57 ]

初日の出を迎える甲子園球場(2023年1月1日午前7時12分撮影)
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 【内田雅也の広角追球】甲子園球場に入ると身が引き締まる。この聖地には野球人の汗と涙と思いが詰まっている。元日とあれば、なおさらである。粛然とした気持ちで御来光を拝んだ。

 2023年1月1日、午前7時12分、黄金色に輝く初日の出が三塁側アルプススタンドと左翼スタンドの間から顔を出した。雲の合間から強い光がさしてくる。薄暗かったグラウンドが初茜(はつあかね)に照らされる。内野スタンドが、スコアボードが、少しずつ黄金色に染まっていく。

 甲子園球場で初日の出を拝むようなって11年目を迎えた。2013年から毎年、元旦に訪れている。野球人はもちろん、すべての人びとの幸せを祈る。

 昨年、日本漢字能力検定協会が選んだ「今年の漢字」は「戦」だった。ロシアによるウクライナへの軍事侵攻という戦争が暗い影を落としている。世界各地での紛争も後を絶たない。長引く新型コロナウイルスや頻発する自然災害との戦いも続いている。

 大みそかのNHK紅白歌合戦では桑田佳祐、佐野元春、世良公則、Char、野口五郎ら同世代の『時代遅れのRock’n’Roll Band』が「この頃『平和』という文字が 朧(おぼろ)げに霞(かす)んで見えるんだ」「子供の命を全力で大人が守ること それが自由という名の誇りさ」「No More,No war」……と歌い、叫んでいた。MISIAが歌いあげた『希望のうた』(作詞・作曲=矢野顕子)も「握りしめてるもの 希望というもの 誰にもわたさない 誰にも奪えない」と平和への祈りがこめられていた。

 この甲子園球場も戦争の記憶を刻んでいる。第2次大戦中には中等野球(今の高校野球)全国大会が中止となった。名物の大鉄傘は金属供出で取り壊された。内野グラウンドはイモ畑となり、軍用車が走り回った。スタンド内は軍用工場に転用され、三塁アルプススタンド下の温水プールでは潜水艦の音を感知する研究が行われていた。西宮大空襲では野球塔が破壊され、一塁側アルプススタンドが損傷した。戦後は進駐軍に接収された。

 それでも野球人は甲子園球場での野球に希望を見ていた。プロ野球は1944(昭和19)年限りで活動を休止したが、1945(昭和20)年も元日から5日まで、西宮球場との併用で関西正月大会を開いた。

 阪神監督兼投手で奮闘した若林忠志は「野球だけが人生に感動を与えてくれる」と語っている。若林と親交の深かった学生、伊藤利清の日記にある。「野球がなくなったら世の中の鬱陶(うっとう)しさしか感じない人生になるだろう」。野球は生きる希望だった。

 そんな戦争を生き抜いた先人を思い返したい。明日も知れぬ世の中で、選手たちはもちろんファンの人びとも野球への愛情、野球への希望がみなぎっていた。

 今も野球にはそんな力があると信じる。新しい年、野球の聖地に輝いた初日の出に、希望の光を見たい。=敬称略=(編集委員)

 ◆内田 雅也(うちた・まさや) 1963(昭和38)年2月、和歌山市生まれ。桐蔭高―慶大卒。1985(昭和60)年4月入社。2003年から編集委員(現職)。来月、還暦を迎える。新しく生まれ変わるわけで、初心にかえって野球を見つめなおしたい。

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