【内田雅也の追球】「前で打て」 阪神・岡田監督は信じている 今も通じる「古い技術」

[ 2022年10月26日 08:00 ]

「前でたたく」と語っていた藤村富美男の打撃フォーム

 阪神監督・岡田彰布は「前で打て」とよく話していた。前回監督当時も、投球を引きつけて窮屈そうに振っている光景に「もっと前で打てよ」と言っていた。ガシッと詰まり気味の打球音が気に入らず、カーンという「爽快な音」を求めた。確かに、原点だろう。

 秋季練習2日目。甲子園の二塁ベース付近に野手を集め、「押しつける気はない」と前置きし打撃論を披露した。一つが「前で打て」だった。

 「ミスター・タイガース」藤村富美男が「前で打て」の元祖である。若い世代に説明がいる。1935(昭和10)年、球団創設時からのメンバーで、戦後は不動の4番として本塁打王3回、打点王5回、背番号10は球団初の永久欠番となった。

 「物干しざお」と呼ばれた37インチ(約93・9センチ)の長いバットで右中間に飛んでいた打球を「前でたたく」と引っ張り、さく越えを量産した。

 プロ野球では年々、ミートポイントが捕手寄りの後方になってきている。スプリッターやツーシームやカッターなど、速くて小さく鋭く変化する「動くボール」に対応するため、できるだけ長く投球を見る打法が推奨されていた。「後ろで打て」である。
 本当にそうだろうか。大リーグに挑んだ日本の打者や、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で大リーガーの「動くボール」を引きつけて打ち、凡ゴロに倒れる光景をよく目にする。

 <「動くボール」は前で打て>とネット上でプロにも助言する「プロウト」(プロのシロウト)、「お股ニキ」が2019年3月に出した著書『セイバーメトリクスの落とし穴』(光文社新書)で書いている。<動くボールは変化する時間が短く、変化量も小さいのだから、動く前に手前で捌(さば)いてしまうのもひとつの考え方だ>。

 <「戦術技術は新しく、精神は古く」それが私のモットーであった>と「学生野球の父」飛田穂洲が『熱球三十年』(中公文庫)で書いた。早大後輩にあたる岡田は「古い技術」で今に通じるものがあると信じている。

 この日言った「傘差し」「立ち小便」は古い定説。阪神先人、若林忠志の「目つぶし投法」は今の「スニーキーボール」、サークルチェンジは指の形から日本で「OKボール」と呼んでいた。温故知新。本当の技術には古いも新しいもないのだろう。=敬称略=(編集委員)

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2022年10月26日のニュース