清原親子の夢かなう!慶応の次男・勝児 センバツ当確「皆が打ってくれて勝つことができた」

[ 2022年10月26日 04:58 ]

秋季高校野球関東大会・準々決勝   慶応7ー3昌平 ( 2022年10月25日    大宮公園 )

<昌平・慶応>4強入りを決め、歓喜の清原勝児(中央)ら慶応ナイン(撮影・木村 揚輔)  
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 親子の夢がかなう!来春選抜の重要な参考資料となる秋季高校野球関東大会は25日、大宮公園などで準々決勝4試合が行われ、清原和博氏(55)の次男・勝児内野手(1年)を擁する慶応(神奈川2位)は昌平(埼玉1位)を7―3で下し4強入り。18年以来5年ぶり10度目の選抜出場を当確させた。和博氏はPL学園(大阪)時代に5季連続で甲子園に出場し13本塁打の最多記録も樹立。まだまだ遠い父の背中を追い、息子が聖地に立つ。

 9回2死一塁。左翼手が飛球をつかむと三塁を守っていた清原は笑顔でガッツポーズだ。一塁側内野席で観戦した父・和博氏は優しくほほ笑み、拍手で祝福。目立つことを嫌う父は、すぐさま席を立った。この1勝の意味は誰もが分かっている。周囲の観客たちは球場から去ろうとする大きな背中に「おめでとう!」と声を掛けた。

 「チームの皆が打ってくれて勝つことができた。本当に感謝したい。(父は)来てもらえるだけでうれしい」

 PL学園で父が5季連続出場した85年夏の優勝で甲子園に別れを告げてから37年。勝てば来春選抜当確となる昌平との大一番に次男・勝児が「6番・三塁」で出場した。常磐大高(茨城)との初戦で決勝2ランを放った打撃は、この日は4打数無安打に終わったが1犠打と堅実な守備で勝利に貢献した。

 チームでは18年以来5年ぶり10度目の選抜出場を当確させ「自分も活躍したい」と目を輝かせる。今大会は左肩のユニホームの裏に父が西武時代のヘルメットにつけていた背番号3のワッペンを縫いつけて心の支えにしている。「関東で優勝して明治神宮大会に行く」と29日の専大松戸との準決勝を見据えた。

 父は甲子園大会史上最多13本塁打の記録を持つ。プロでも525本塁打を記録したが引退後の16年2月に覚醒剤取締法違反容疑で逮捕されるなど苦難の道を歩いた。家族や周囲のサポートも受けて更生し昨年7月10日に野球人生の原点でもある甲子園で行われた阪神―巨人戦の解説を務めた際は「感無量。こういう時が来るとは夢にも思わなかった」と目に涙を浮かべていた。

 単位不足で2度目の1年を過ごしており規定では来夏までしか高校野球でプレーできないが完全燃焼するつもりだ。「甲子園は清原のためにあるのか」。高校野球史に残る名実況が生まれた聖地に、たくましさを増した息子が立つ。(柳内 遼平)

 《主な親子での甲子園出場》甲子園で活躍してプロ入りした父に続き、子も甲子園に出場した例はいくつかある。巨人、ロッテで活躍し、ロッテ監督も務めた山本功児は高校時代に三田学園で69年選抜8強。息子の武白志も九州国際大付で14、15年夏の甲子園に出場し、16~18年には育成内野手としてDeNAでプレーした。阪神で1272試合に出場した関本賢太郎は天理で96年夏の甲子園に出場。息子の勇輔は履正社の捕手として19年春夏の甲子園と20年夏の交流試合に出場した。オリックスで95、96年の連覇に貢献した捕手の三輪隆は関東第一で87年選抜準V。息子の昂平は日大三で13年夏の甲子園に出場し1試合に登板した。

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