まさか2年続けて高校生の全国大会を中止になんてしないよね?

[ 2021年4月15日 14:08 ]

今春のセンバツの開会式は1万人限定の観客と6校のみの選手で行われた
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 【君島圭介のスポーツと人間】日本国憲法に教育基本法がある。小学校の教科書にも載っている。その第一条に「教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行わなければならない」とある。

 「人気」とされる学校に通わない小学生ユーチューバーが話題になった。今度は中学校で教育を受けるという義務を放棄するといい、議論を呼んだ。まあ、正直に言えばそのことはどうでもいい。ただ、1人の国民、「社会の形成者」として絶対に聞き逃してはいけない大切な声もある。

 今年1月、1都3県に再び緊急事態宣言が発出された際、「緊急事態宣言下でもたくさんの敗者が悔し涙を流せるように」というコラムを書いた。昨年、インターハイや甲子園などほとんどの全国大会、その予選を中止にされた子どもに2年続けて我慢を強いてはいけないという内容に、ある高校2年生(現3年生)から意見を貰った。

 小さいときから高校野球が大好きで、甲子園のアルプススタンドから応援することを夢見て吹奏楽部に入ったという彼女は、「『甲子園での応援』という夢を叶えるには、あと2回しかチャンスがありません」と訴えた。そして、4月となり、そのチャンスはもう1回しかない。

 再び新型コロナウイルスの感染拡大が起きている。すでに大阪府では部活動の自粛やオンライン授業活用を要請した。待て、この流れは昨年と同じではないか。ということは今年も高校生から「夢」を奪うことになるのか。1回しか残されていないチャンスも消滅してしまうのか。

 不登校ユーチューバーは放棄してしまったが、教育は国民の大切な権利であり、義務だ。そして国の方にも教育を与える義務がある。知識を一方的に詰め込むことが教育ではないはずだ。部活動の停止は成長期の子どもに絶望しか与えないし、「平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質」を押し潰す。国がそれを求めるのは「心身ともに健康な国民の育成」の放棄であり、不登校ユーチューバーと何ら変わりはない。

 昨年はスポーツに限らず、多くの競技団体が独自の大会を開催し、少しは救われた子どもたちもいた。そこで大規模なクラスターが発生した記憶はない。なら、やれるではないか。今年こそ我々「社会の形成者」が、学び、行動すべきだ。東京五輪より、この国には子どもたちに必要な舞台がたくさんある。彼らのチャンスは大人と同じ質量ではない。(専門委員)

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2021年4月15日のニュース