【内田雅也の追球】「少年」でいこう――「球児の分まで」と力むプロ野球選手へ

[ 2020年5月28日 08:00 ]

ブルックリン時代のドジャース本拠地エベッツ・フィールドの外壁
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 ロイ・キャンパネラは捕手として黒人初の大リーガーだった。大リーグのカラー・バリアー(人種の壁)を破ったジャッキー・ロビンソンの翌年(1948年)に大リーグ昇格。ニューヨーク・ブルックリンを本拠地としていた1950年代のドジャースの中心選手だった。強肩強打で、51、53、55年とナ・リーグMVPに輝いている。

 53年オフ、ニューヨークの野球記者から年間最優秀選手に選ばれ、表彰式を兼ねた夕食会に呼ばれた。<あの夜、自分が言ったことを忘れはしない>と、著書『イッツ・グッド・トゥ・ビー・アライブ』に記している。

 「大リーガーになるには一人前の男にならなくてはならない。しかし、同時に自分の中に少年(の心)を抱いていなくてはならない」

 それは<どの選手にも言えること>。つまり、信条だった。

 キャンパネラは58年開幕前、ニューヨークで交通事故にあい、下半身まひとなり、車いす生活となった。当初は手も動かせなかったが、懸命のリハビリで両手を動かせるまで回復した。

 先の著書は、長く苦しいリハビリ生活からの復活への道のりを記したもので、59年に出版されている。日本語の翻訳本は出ていない。タイトルを訳せば『生きているってすばらしい』とでもなるだろうか。
 同じく現役時代、近鉄の名捕手だった梨田昌孝は新型コロナウイルスに感染し、一時は命の危険もあった重度の肺炎から復活した。自ら「よく生還できた」と語り、医療従事者の方々への深い感謝を示している。

 プロ野球はそんな「生きている」素晴らしさを示す娯楽でもある。選手たちのはつらつとしたプレーに期待したい。

 高校野球の夏の甲子園大会が中止となったため「プロ野球は高校野球の分まで」、さらに甲子園球場を本拠地とする阪神の選手は「高校球児の分まで」と期待を背負う。その使命感は尊い。ただし、あまりに力んで重荷に感じる必要はない。特別に教条的、模範的になる必要はない。

 6月19日の公式戦開幕に向けての練習試合日程が発表となった。韓国ではオープン戦を「師範試合」と言う。もちろん、プロならば手本や見本となりたい。それはキャンパネラの信条「少年」のようなプレーで十分だ。

 子どものころ、空き地や路地裏で遊んだ、あの楽しむ姿勢で臨めば、はつらつさは自然とにじみ出る。少年時代、全力疾走など当たり前の流儀があったはずだ。

 キャンパネラの背番号「39」はジャッキー・ロビンソンの「42」同様、ドジャースの永久欠番となった。現役時代、同じ「39」を背負った阪神監督・矢野燿大も分かっているはずだ。何しろ、矢野は常に「楽しもうと決めている」のだ。その通り、童心を大切に、少年でいこう。=敬称略=(編集委員)

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