日本ハム 吉田輝の背中押した恩人「竹中先生」、天国から見守る甲子園の次世代スター

[ 2019年12月31日 09:00 ]

2018年の夏の甲子園決勝の後、マウンドの土を集める金足農・吉田(右)と大阪桐蔭・柿木
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 100回大会だった昨夏の甲子園決勝後から恒例となりつつある行事がある。決勝を戦った2校のエースがマウンドの土を記念に持って帰ることだ。今年10月に間質性肺炎のため亡くなった前高野連事務局長・竹中雅彦氏(享年64)の発案だという。今夏甲子園でも継続されたそうで、常々、選手のことを第一に考えてきた「竹中先生」らしいなと思った。

 その当事者である日本ハム・吉田輝(金足農)に当時の話を聞く機会があった。甲子園決勝で大阪桐蔭に2―13で敗れた閉会式後。三塁側で勝者の大阪桐蔭ナインが西谷浩一監督を胴上げする中、吉田輝ら金足農ナインが一塁側で甲子園の土を集めていると、竹中氏が吉田輝に近寄ってきたという。「行ってこい、行ってこい」と背中をポンと叩かれて送り出された吉田輝は「行ってきます」と小走りで激闘が終わったばかりのマウンドに駆け寄り、自身を成長させてくれたマウンドの土を感慨深げに集めた。その後は胴上げを終えた大阪桐蔭のエースで、後に日本ハムで同僚となる柿木も竹中氏に促されて合流。甲子園決勝のマウンドに立った者だけが許される特別な時間。「凄くお世話になりました」と感謝する吉田輝にとって甲子園のマウンドの土は今でも宝物だ。

 甲子園後、侍ジャパンの一員としてU18アジア選手権を戦う中、プロ入りか、大学進学かにも世間の注目が集まっていた。そこでも竹中氏の言葉で背中を押されたという。「当時はまだ決めていなかったけど、“お前はプロに行かないと駄目だ”って言われた。凄く心強かった」。大会後は毎日、両親に「プロに行きたい」と強い決意を伝えた。その恩人の早すぎる死に「凄く元気だったのでびっくりした。残念」と言葉を失った。

 智弁和歌山の野球部に在籍した記者も高校時代、当時和歌山県高野連理事長だった竹中氏にお世話になった一人。甲子園などの取材現場で顔を合わせる度に「おー、元気か?」と気にかけてくれた。とにかくおしゃべりが大好き。早実・清宮(現日本ハム)らがメンバー入りしたU18W杯(カナダ)にも同行し、宿舎内の喫煙所では紫煙をくゆらせ、雑談の中からいくつかネタを提供してくれたこともある。

 竹中氏が中心となって議論を進めてきた投球制限では、今後はもう吉田輝のように一人で一大会を投げ抜く投手は出てこないだろう。それでもまた新しいルールの中で次世代の甲子園のスターが生まれるはず。そう願い、天国から甲子園を見ながら微笑んでいるだろう。(記者コラム・東尾 洋樹)

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