阪神ドラ3及川、奪三振も四球も多い「スーパー中学生」の実像

[ 2019年12月6日 08:30 ]

虎ルーキーの素顔に迫る 最高峰の舞台にトライ ドラフト3位・及川雅貴(1)

少年時代の及川
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 阪神ドラフト3位の及川雅貴投手(18=横浜)は千葉県匝瑳(そうさ)市で生を受けた。中学生時代に日本代表に選出されるなどエリート街道をまい進してきたかに見えるが、実は、順風満帆とは言えない時間も長かった。本人、関係者の証言からその野球人生に迫った。

 中学3年で最速140キロを誇り、U15日本代表に選出され、テレビ番組で「スーパー中学生」として取り上げられた。名門・横浜では3度の甲子園出場。雅貴の経歴は誰がどう見ても「野球エリート」と呼べるものだ。しかし、野球人生を掘り下げてみると違った側面が見えてくる。

 父・大介さん(44)が「雅貴とはたまにキャッチボールをしていましたが、私は少年野球を少しやっていたぐらいです」と話せば、母・直美さん(45)も「野球は全然分かりません。雅貴が始めて少し覚えたけど、それでも全然詳しくないんです…」と言う。いわゆる野球一家ではない家庭に生まれた雅貴は小学3年の時に野球に出合った。

 通っていた匝瑳市立須賀小学校の体育館でバスケットボールをして遊んでいると、須賀スポーツ少年団の指導者から「左であのボールを投げるのはすごい」と声をかけられた。「サッカーがしたい」という雅貴の思いをよそに、当時から長身。その動きを見ていた周囲が「野球の方が向いている」と声を大にしたこともあって、入団を決めた。

 6年時に阪神・高山も過去に名を連ねた「ロッテマリーンズジュニア」に選出されるなど豊かな才能を発揮した。全国大会優勝経験のある中学チームから誘いを受けたものの「強いチームでプレーしたい思いはありましたが、試合に出られるか分からない…という思いの方が強かったんです。それよりも、自分が試合に出て強いチームを倒したい」と近隣の匝瑳リトルシニアへ進んだ。自信の無さとは対照的に才能はみるみる開花し、2年冬に東関東選抜入り。3年時にはU15日本代表に選出され、U15W杯2016の決勝戦・キューバ戦の先発マウンドを任された。

 順風満帆にスターの階段をかけ上がっているように見えるが、匝瑳リトルシニアで当時から現在も監督を務める越川康弘さん(42)は、近くで見ていたからこその視点でこう振り返る。

 「日本代表に選ばれたりテレビに出たりして“すごいピッチャーだね”と言われましたけど、当時は“三振をたくさん取るけどフォアボールもたくさん出す”というイメージでした。素晴らしい球を持っているけどまだまだ未完成でした」

 「スーパー中学生」と認知された一方で、周囲の知らない明確な課題があった。(巻木 周平) 

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