1000勝は通過点…星野監督2000勝まで燃え続ける

[ 2012年5月12日 06:00 ]

<オ・楽>通算1000勝の記念ボードを手にサムアップする星野監督

パ・リーグ 楽天3-2オリックス

(5月11日 京セラD)
 楽天・星野仙一監督(65)は11日、オリックス戦に3―2で勝ち、史上12人目となる監督通算1000勝目を挙げた。プロで投手一筋の監督としては初めて。通算成績は1000勝876敗42分けで、中日、阪神、楽天の3球団を渡り歩き監督歴15年目で大台に到達した。「東北を熱くする」と初めてパ・リーグに身を投じて2年目。選手、監督として一度もなし得ていない日本一へ、65歳の情熱はまだまだ衰えていない。
【試合結果】

 節目の勝利に控えめに目尻を下げた。監督通算1000勝。星野監督は青山から手渡されたウイニングボールを右のポケットにしまった。三塁ベンチ前では中日時代からの教え子だった小山が花束、選手会長の嶋は「1000勝 SINCE1987」と描かれたパネルを手に待ち受ける。うれしくないはずがない。スタンドに向けて左手を上げて照れくさそうにベンチ裏へ引き揚げた。

 「この年まで監督をやらせていただけるのは幸せ。選手とともにやってきた」

 40歳の青年指揮官として中日の監督人生をスタートし、阪神、楽天の3球団で25年の月日を経て到達した快挙だった。

 10年オフに楽天の監督に就任。伝統球団の中日、阪神とは違った。性格的におとなしい選手が多く、ミスをしたら萎縮するばかりで、気持ちを切り替えられない。それでも闘将は「闘志があるならいくらミスしてもええ。俺が怒るプレッシャーに負ける選手が、試合のプレッシャーに勝てるわけがない」と口酸っぱく言い続けてきた。そして選手も変わりつつある。

 「動けるときはどんどん動く」。戦力で他球団に見劣りする分、強調してきた持ち味の機動力をこの日も遺憾なく発揮した。圧巻は2―1の5回。1死から聖沢が内野安打で出塁すると、バッテリーの警戒をかいくぐってこの日2個目の二盗を決める。さらに高須が四球で出ると、今度は意表を突く重盗を仕掛けて好機を広げ、貴重な3点目につなげた。楽天の監督に就任して1年目の昨季は5位に沈んだ。今季は機動力に磨きをかけ、両リーグ最多の49盗塁。この日のような接戦をものにする試合も増え、「チームカラーを植え付けている」と手応えを口にした。

 激しさを前面に打ち出す一方で、楽天の監督に就任後、選手に2軍落ちを伝える際の第一声は「今、家族はどこにいるんや?」。他球団から移籍して単身赴任で仙台に住んでいる選手も珍しくない。可能な限り家族との時間を設けさせてあげたいという気遣いだ。

 ある思いがある。昨年3月11日の東日本大震災。初めて仙台に戻った4月7日に震度6強の余震にも見舞われた。停電したマンションの自室。暗闇の中で芽生えたのは恐怖心ではなく、まさに復興心だった。「このまま落ち込んでいる場合やない。復興には何十年もかかる。楽天は東北の人たちの希望や。東北の人間が東京や大阪の人間に自慢できるチームにしたい。何年かかっても俺はやる」。チームは3連勝で借金は1まで減った。次の目標を問われた指揮官は迷わず、「2000勝や!」と豪快に笑った。

 ≪戦後生まれの監督では初≫楽天の星野監督が11日オリックス7回戦(京セラドーム)で史上12人目の監督通算1000勝を達成した。初勝利は87年4月12日巨人戦(後楽園)。星野監督は現役時代に投手として通算146勝121敗の成績。公式戦で登板経験をして監督通算1000勝を記録したのは鶴岡0勝、水原8勝、川上11勝、別当0勝に次いで5人目になる。ただし過去4人の最多出場はいずれも野手。全て投手登録で1000勝したのは星野監督が初めて。

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