斎藤「自分の生きる道」直球デビュー宣言

[ 2010年11月29日 06:00 ]

東伏見駅前を花束を手に笑顔でパレードする早大・斎藤(左)。右は応武監督、右から2人目は福井

 今ドラフトで日本ハム1位指名を受けた早大・斎藤佑樹投手(22)が28日、プロ初登板第1球は「直球」で勝負すると宣言した。多彩な変化球が持ち味だが、直球こそ自分の生きる道と断言。予告投球することで、自主トレを続ける自身を追い込むつもりだ。この日は、早大練習場のある西東京市東伏見で行われた明治神宮大会初優勝と秋季リーグ戦優勝のパレードに参加。学生最後となる早稲田のユニホーム姿で、慣れ親しんだ街に別れを告げた。

 4万人を超える満員のスタンドから、大歓声が聞こえる。まっさらなマウンド。そして一挙手一投足に視線が集中する。その中で初球を投じる。直球。それも切れ味鋭い直球だ。斎藤には夢の瞬間がはっきりとイメージできていた。

 「やっぱり真っすぐです。そこが自分の生きる道ですから。それを最初に…、それが投げられないと変化球も生きない」

 優勝パレードを終え、早稲田のユニホーム姿のまま口にした決意だった。初めから変化球でかわすつもりはない。あいさつ代わりに自分の生きざまを示す。プロのマウンドでの初球は、自身の生命線とする直球と堂々と予告した。

 150キロ右腕。東京六大学通算31勝15敗323奪三振。リーグ史上6人目の30勝300奪三振達成者。肩書は誇れる。だが栄光とは別に苦痛もあった。「大学3年秋が一番苦しかった」。3勝2敗で防御率3・08。リーグ優勝も果たせず直球は140キロを超えるのがやっと。中大の沢村をはじめ、神宮に続々と150キロ右腕が誕生する中、自己最速の149キロどころか直球は減速した。大台に執着し筋トレを強化した弊害だった。上半身、下半身ともに筋力は増したが、筋肉が俊敏な動きを邪魔し体の切れは衰えた。「キャッチャーミットに吸い込まれるような直球が理想」。早実時代から追い求めていた直球を失い「斎藤はプロで通用するのか」と疑問の声も上がったのもこの時期だった。

 そして迎えた最終学年。投球時のステップ幅は7歩から6歩半へ。無駄な動きを極力なくし、スムーズな体重移動を意識。スピードへのこだわりも、力みも捨てた。その結果、今秋の法大1回戦(9月12日)で150キロを達成。皮肉な結果だが、徐々に本来の直球を取り戻し始めた。「直球で納得する三振が取れ始めました」。明治神宮大会初優勝後の自主トレでは「最近腕が振れている気がします」と手応えも感じている。多彩な変化球が魅力の斎藤。だが信念は一貫している。
 日本ハムの梨田監督は「先発で争ってほしい」とローテーション入りへの期待を明かした。本契約を交わし正式にプロの一員となるのは12月9日が濃厚だ。そこから新たな直球人生が始まる。思えば、07年春の東京六大学初登板初先発の東大戦(4月14日)の初球も140キロの直球だった。そして勝ち星を積み上げた。覚悟は決めた。真っ向勝負。一切の迷いはない。

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2010年11月29日のニュース