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【コラム】海外通信員

同じ父を持つ2クラブのなぜ?株式会社化は善か スペインの事例

[ 2015年6月22日 05:30 ]

 アンダルシア州カディス県の都市ヘレス・デ・ラ・フロンテーラ。スポーツ紙が70%をサッカーに割くスペインにあり、約20万人が居住するこの都市でもこのスポーツには並々ならぬ情熱が注がれているが、現在は特異な状況が生まれている。ヘレス・クルブ・デポルティボ(ヘレスCD)とヘレス・デポルティボ・フトボル・クルブ(ヘレスDFC)という、同じ父を持つ2クラブが存在しているのだ。

 2クラブの父はヘレス出身の弁護士シクスト・デ・ラ・カジェ。6月28日に98歳となる彼は、リーガエスパニョーラ1部にも在籍したヘレスCD、2013年の創設されたヘレスDFCの初代会長である。

 デ・ラ・カジェは1947年、友人グループとともに財政難に陥っていたヘレス・フトボル・クルブとクルブ・デポルティボ・ヘレスの合併に尽力し、ヘレスCDを誕生させた。ヘレス市民の支持とともに成長を遂げていった同クラブは2000年代にはリーガ2部Aの常連となり、2009~10シーズンにはクラブ史上初となるリーガ1部昇格を達成。「スペイン最高のカテゴリーでヘレスシスモ(ヘレス主義)が団結するなど、何と美しいことだろう。60年前にまいた種が実ったんだ」。デ・ラ・カジェはわずか1シーズンで終わったヘレスCDの1部での冒険について、このように振り返った。

 しかしながらヘレスCDは財政難にも苦しんでおり、リーガ1部所属時に破産法を適用して大多数の株式はアルゼンチンの投資家グループの手に渡った。リーガ2部A降格後にはその投資家グループも姿を消して、債務は3000万ユーロ近くまで膨れ上がりクラブは管財人の管理下に置かれることに。その後、幾度となく所有者が変わりながら迷走を繰り返したクラブは、2013年夏に選手への給与未払いによってスペインプロリーグ機構(LFP)からリーガ2部B(実質3部)への降格処分を命じられた。

 デ・ラ・カジェはヘレスCD凋落の理由として、スポーツ法によってプロスポーツクラブのSAD(スポーツ株式会社)化が義務付けられたことを挙げる。同法はプロリーグ(リーガ1部&2部)に所属するクラブに法的、財政的責任を与え、また収支決算の公表などがクラブの健全経営に役立つものと思われたために1992年に制定されたものだったが、デ・ラ・カジェは次のように切って捨てた。

 「SADがサッカーに打撃を与える。クラブはソシオ(クラブ会員)のものでなくてはならないんだ。特例でソシオ制の維持が許されるレアル・マドリーやバルセロナのようなクラブと、SADのクラブとでは大きな違いがある。ペテン師のような投資家がクラブを支配したとしたら、そこには情熱も伝統も存在しない」

 そしてヘレスCDの2部B降格と同時期に、デ・ラ・カジェを発起人としてヘレスCDに代わる新たなクラブ創設がされた。それこそがヘレスCDの弟にあたるヘレスDFCである。経営方針をソシオが承認することを原則として、経営陣に債務の返済義務も課すこのクラブは、6000人ものヘレス市民がソシオとなり、当時96歳であったデ・ラ・カジェを初代会長とすることもほぼ満場一致で決定された。

 そうして産声を上げたヘレスDFCは、ヘレスCDの解散後にクラブとしての活動をスタートさせると見られていたものの、2013~14シーズンからアンダルシアの地域リーグ4部から活動を開始することになる。その理由はもちろん、ソシオがそう求めたためだ。「ソシオ総会の決定事項は絶対であり、総会では時間を有効的に使うためにプレーを開始することが決定された。ヘレスCDは事実上解散していると誰もが思っていたからね」。ヘレスCDで選手やあらゆる要職に就き、2013年にデ・ラ・カジェからヘレスDFC会長の座を譲り受けたペペ・ラベロはこう語った。

 しかしヘレスCDは約1200人のソシオの有志によって何とか存続しており、ヘレスDFCが強行した船出に批判の声を上げる。ヘレスCDで選手、監督として在籍し、同クラブの名誉会長を務めているラファ・ベルドゥは、「命ある者を死ぬ前に埋葬してはならない」とヘレスDFCの活動を非難。これに対してラベロは「ヘレスCDが解散する際、ヘレスDFCは彼らのファンを抱きとめる」と発言したが、ベルドゥは「ヘレスCDが解散するとしたら、ヘレスDFCではなくコンゴまでサッカーを見に行くよ」と反発した。

 2013~14シーズンから始まったヘレスCDとヘレスDFCの奇妙なる共存。2014~15シーズン、ヘレスCDはアンダルシアの地域リーグ1部でのプレーを強いられ、一方のヘレスDFCは同地域リーグ2部昇格を決めた。ヘレスCDがこのまま存続できればではあるが、2015~16シーズンの結果次第で両クラブが同じカテゴリーに所属する可能性もある。「ヘレスCDに敵対するためにヘレスDFCを創設したわけではない。自分の息子への愛情をどうして失えるというんだ?」。現在はヘレスDFCの名誉会長の座に就くデ・ラ・カジェだが、その心境は複雑だ。(江間慎一郎=マドリード通信員)

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