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【コラム】海外通信員

泣いたマルセイユがもう笑った(下) ヴィアス・ボアス監督の評価急上昇 酒井宏樹も得点源に

[ 2019年12月7日 12:00 ]

 財政難を承知でOM監督に就任したアンドレ・ヴィアス・ボアス(AVB)は、「3位以内が目標」「このメンバーでも可能だと思う」とさらり表明し、「フランスをあまり知らず、OMの怖さもわかっていないのだろう」とメディアから嘲笑を買った。

 実際クラシコ前にも、「PSGはどうでもいい。直接ライバルのリールやリヨンに勝てなければ、そのときは深刻になるだろうが」と発言し、「フランスの歴史を知らないようだ」と批判された。そのPSG相手に野心的すぎる攻撃戦術を起用した点でも、「自殺行為」と叩かれた。

 ところがAVBの路線は正しかった。PSG戦(第11節10月27日)敗北の非難や失望には耳も貸さず、直後のリール戦(第12節11月2日)をものにし(2-1)、次いで前述のリヨン戦(第13節11月10日)にも強烈インテンシティーで勝利、批判も自信喪失も一気に吹き飛ばしたのである。

 しかもブレスト戦(第15節11月29日)では34本ものシュートを浴びせ、アグレッシブかつ攻撃的なスタイルで勝利した(2-1)のに、アンジェ戦(第16節12月3日)では一転、敵をおびき寄せてカウンターを食らわせる戦術で勝利した。選手たちもこの指示に完璧に従ったからすさまじい。

 AVBはまたしてもさらりと、アンジェを研究したら「あらゆるラインで最もポゼッションが弱いチームであることが確認できた」と解説。まんまと裏をとられたアンジェのステファンヌ・ムーラン監督は、「本当に、違うやり方でくると思っていた」と驚愕し、「敵にボールを預けるようバリューある選手たちを納得させるなんて、ものすごく強い」とAVBに脱帽した。

 そのAVBはと言えば、PSGを追い上げていることについて、「PSGは僕らの戦場じゃないよ。僕らには明確な目標があり、そこを見定め続ける。もし2位で閉幕できれば、非常に素晴らしいシーズンになるだろうが、重要なのは他を引き離すこと。あるところで勝ち点をこぼすときがくるから、水を開けておく方がいい」、とまたしてもさらり。

 この監督はどうやらかなりの智将で、しかもそれを穏やかな声と微笑で包んでいる。フランスとOMを知らないどころか、完璧に知っていたのだ。前監督のキリキリした緊張感とは対照的に、AVBは自然な安心感と包容力を醸し出し、それでいて権威も発揮しているのである。

 なにしろAVBは、酒井とブナ・サールに依拠しながらも、完全自信喪失だったジョルダン・アマヴィを捨てずに守り、自信を回復させた。サイドバックはまず守備をしっかり担い、チャンスがあれば効果的に攻撃に絡むよう指導したのだった。またセンターバックにケガや処分が出ても巧みにやりくりし、19歳のブバカール・カマラも「未来の大器」の期待に応えて堂々の奮戦をみせている。こうして「永遠の難点」にみえた守備陣をまず立て直した。

 次の課題だった攻撃面も、パイエットの復活でクリエイティブに蘇らせた。そして中盤では、モルガン・サンソンとヴァランタン・ロンジエが怒涛のごとく走り回ってトランジッションを担い、昨シーズンの失望だったケヴィン・ストロートマンが落ち着いてバランサー役を担うという構図をつくり上げつつある。

 かくてAVBの評価は急上昇。人気討論番組「L’EQUIPE DU SOIR」(夜のレキップ)の創始者で司会を務めるオリヴィエ・メナール氏は、「誰かに似ていないか?私はエリック・ゲレッツを思い出す」と表現したが、確かにAVBはマルセイユの風土に合っている気がしてきた。酒井宏樹も「いまのチームの雰囲気はとてもいい」と証言しているところだ。

 さてAVBの魔法はどこまで続くだろうか。目標どおり3位以内を達成できれば、ついに酒井宏樹にもチャンピオンズリーグ出場の道が開ける。人気ナンバー1クラブOMに、いまフランスじゅうの目が釘付けである。(結城麻里=パリ通信員)

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