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【コラム】海外通信員

【アルゼンチンコラム】テベスの「名をかけた挑戦」

[ 2023年9月20日 23:30 ]

インデペンディエンテを指揮するカルロス・テベス
Photo By AP

 8月17日から開幕したコパ・デ・ラ・リーガ2023(アルゼンチン1部)は、優勝をめぐる上位チームの競い合いより、1部残留をかけた熾烈な戦いの方が断然面白い展開となっている。2部に降格するのは、過去3年間の戦績による「降格ランキング」、そして2023年度の年間ランキングでそれぞれ最下位になった計2クラブとなっているが、奇跡でも起きない限りアルセナルの最下位がほぼ決定している前者と異なり、後者のランキングではなんと13ものクラブが僅差で降格の危機にさらされているのだ。(※アルセナルはファーストステージ3節終了時点で年間ランキングでも最下位となっていることから、同クラブを除いた状態で最下位になるクラブが降格)

 残留争いが注目される要因は、参加全28チームの下位約半数の勝ち点差が僅かである以外に、そこにインデペンディエンテやベレス・サルスフィエルド、ウラカンといった、国際タイトル獲得歴を誇る名門クラブが含まれていることにある。1ポイントの差が明暗を分ける状況下でどのクラブも必死だが、特に話題をさらっているのが、カルロス・テベス監督のインデペンディエンテだ。

 杜撰な運営による深刻な財政難と、それに伴う不安定な役員体制と戦績に喘ぐインデペンディエンテは、今期の第1節コロン戦での敗北後、リカルド・シエリンスキ監督が辞任。降格が目前に差し迫った状態でクラブが抱える数々の問題は解決から程遠く、誰もが就任を拒む新監督の座を唯一引き受けたのがテベスだった。

 「アルゼンチン国内では古巣のボカ・ジュニオルス以外でプレーすることはない」と言い切るほどボカのシンボル的存在であったにも関わらず、昨年6月、現役引退発表直後にいきなりロサリオ・セントラルで監督としてデビューした際も周囲を驚かせたテベスだが、今回、1部残留という過酷でハイリスクな挑戦を怯むことなく請け合ったことも大きなニュースとなった。

 指導者としてのテベスの姿に日本のサッカーファンの皆さんは意外性を感じるかもしれないが、テベスはボカで最後の試合に出場した2021年6月から1年間、監督になるための準備を着々と進めていた。

 ライセンス取得に必要な受講を続けていたのはもちろんのこと、研修目的で欧州各国のクラブを訪問。中でもかつての恩師であるアントニオ・コンテとの再会は彼にとって非常に重要なものとなり、監督デビューを前にした会見では「模範とする指導者」としてコンテの名前を挙げたほど。また、貧民街で生まれ育った出自や、現役時代に国内外のクラブ、そしてアルゼンチン代表で積み重ねた経験を「チーム作りと選手の人格形成に役立てる」ため、オントロジカル・コーチング(能力開発手段の一つで、アルゼンチンでは政治家や企業家が利用するコーチング)の第一人者によるトレーニングも受けており、決して思いつきで監督業に手を出したわけではないことがわかるだろう。

 インデペンディエンテの監督就任会見では、同クラブと国際タイトルの数を競い合うライバルであるボカのイメージが強いテベスに対し、クラブの番記者たちからやや挑発的な言葉を投げかけられる場面もあったが、冷静な態度を貫き、「私は(インデペンディエンテの監督を引き受けることに)自分の名をかけている」と言い切った。クラブの事情を汲み取った上での「現時点での正しい判断」として、当面は無報酬で指導に従事する決断も明らかにしている。

 テベス監督の就任以来、インデペンディエンテはリーグ戦で3勝1分と負け知らずだが、1ポイントたりとも落とすことが許されない緊迫した状況は最終節まで続く。「残された試合全てがファイナル」と力強く語るテベス監督のビッグチャレンジの行方から目が離せない。(藤坂ガルシア千鶴=ブエノスアイレス通信員)

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